『ハッピー・デス・デイ』 Happy Death Day (2017)

共感のためにまず誰かを憎まなければならない。キャンパスを割拠する諸文化圏はことごとく揶揄の対象だが、憎悪の中心にあるのは全てを見下すソロリティであり、そこに属するヒロイン自身である。しかしこのアバズレはヒロインであり、憎むわけにはいかない…

アンドレアス・エシュバッハ『NSA』

英語圏の歴史改変SFと比較すれば、ドイツ社会を叙述するにあたり援用される知見の質に大きな違いがある。ヒトラーの出番は一場面にすぎないが、その言動は伝記を踏まえた造形を越えたりはしない。主人公男が官邸でヒトラーと面会するプロセスに費やされる情…

『殺さない彼と死なない彼女』 (2019)

てよだわ言葉で観念的な恋愛論を交わすきゃぴ子と地味子を捕捉するのは望遠の狭い画角である。舞台調の芝居と台詞がリアリズムの叙体から浮き上がり、きゃぴ子の課題を空論に終始させる。木造二階建てアパートの扉を開けると彼女の自室がある。その作り込ま…

『シン・仮面ライダー』 (2023)

用意周到な人がそう自称するのは用意周到ではない。万が一ドジったときの見栄えを考え、この手の人は自分に対する期待値を下げてくるのではないか。 コウモリオーグの件で用意周到の割にルリルリが役に立たないのはフェイントだが、後々、真正のドジを踏んで…

モスクワ2Pz - アドバンスド大戦略

モスクワ2Pzと4Pzはひとつのマップを共有するシナリオである。担当する軍集団に違いがある。4Pzの攻略法は前に検討した*1。トーチカの防衛線を北から迂回し、カリーニン正面軍を滅しつつモスクワの後背を襲うのである。2Pzでは南から迂回してモスクワに至る…

『ジャッジ!』 (2014)

業界に対する態度も‟日本スゴイ”の用い方も自嘲がベースにある。おたくの文物をあがめる非日本語話者らの態度はカリカチュアライズされ、おたくごときを聖化する程度の低い人々として彼らを侮蔑している。彼らが属し自分を虐げる業界を侮蔑したいからである…

『ラーゲリより愛を込めて』(2022)

筋を引っぱっていくのは人の負い目である。人の性能の高さは彼から本源的な悩みを見失わせる。 高い性能にはそれに応じた語り口がある。二宮は超人だから悩みの捕捉を試みても徒労である。性能が発揮される場を設定した方が筋は活きる。本作の場合、部活動の…

動機主義と功利主義

海外暮らしの私にとっては、一時帰国のたびに、老人の多さ(そして態度の不遜さ)と、子供や若者の少なさ(そして小さくなっている姿)が目に留まり、悲観的な気持ちになります。(秋元,2022,234) 不遜な老人を嘆ずる作者の所感をまずカントの考えに基づいて…

『イエスタデイ』 Yesterday(2019)

ビートルズなくとも歌謡曲が現行の形になり得たと想定するのならば、ビートルズの影響を過小評価することになりかねない。ビートルズなくともそれを踏まえた楽曲群が存在する世界にビートルズを持ち込んだとしても、劇中ほどのインパクトをもたらせるのか。…

泣訴する父権

所有権とは処分権である。自分が作ったものは自分が処分していい。自殺が禁忌とされるのは、自分は自分の創作物ではないからである。自分の出生に自分は関与していない。自分には責任がない。責任がないから恣にしていいと考えたくなるが、所有権の概念は逆…

『ミスター・ガラス』 Glass(2019)

最初に筋を運ぶのは卑小な感情にすぎない。女性精神科医(サラ・ポールソン)が妄想狂のオッサンたちを収監する。この図式では、キャリアに対するノンキャリの憎悪と女性に対するオッサンの嫌悪が援用され、受け手はサラの退治を願望するよう誘導される。加…

『宮本から君へ』(2019)

前髪ぱっつんのアニメ声。挙措の全てが媚び媚びしい蒼井優が言い寄ってくる。歩く地雷である。その女はいかん早く引き返せと念じていると、さっそく井浦新の闖入に見舞われる。池松壮亮も井浦も女の地雷性を認識している。そのアニメ声がたまらんと身もだえ…

マージョリー・キナン・ローリングス『仔鹿物語』

母は否定から入る人である。隣人に取引を持ちかけようとする夫に、ぼられるのが関の山と冷淡に応じる。息子ジュディが遅く帰宅するたびに不機嫌になる。狩に出ようとする夫ペニーとジュディを難じる。曰く「男ってのは何かっていうとつるんでほっつき歩きた…

打算と無意識

強欲な南原宏治はマンション価格を吊り上げてくる。地上げ屋の三国連太郎は一計を案じ、懇意にしているホステス柴田美保子に金を掴ませ、美人局を持ちかける。三國の手下が同衾の現場を抑える手筈である。 この一連の場面では柴田美保子が不思議な行動に出る…

日本における局地市場圏の実際

都市経営シミュのような荒蕪地に人を放り込むとする。西部の開拓地を想定してもよい。生活の必要に応じて肉屋、パン屋、靴屋などが現れ、建築の需要が増えれば大工の棟梁やレンガ工もやって来て、町が開かれるだろう。人々を強制せずに自由に行動させれば、…

期待理論とリスク選好

二つの選択肢を仮定する。Aを選べば$40の利益が確定する。Bならば50%の確率で$100の利得。さもなければ利得はない。社会心理学の実験に基づけば、多くの人はAを選ぶ。期待値はBの方が高い($50)にもかかわらず。 いま一つの選択肢を仮定する。Aを選べば$40の…

『車夫遊侠伝 喧嘩辰』(1964)

発端は情報不全の三角関係であった。内田良平は桜町弘子に一目ぼれする。桜町は曾我廼家明蝶の情婦である。内田良平は彼らの愛人関係を知らない。この無知が最初は強みとなり、のちに悲恋の構造を拡大していく。 内田良平は曾我廼家明蝶の前で恋に悩乱する自…

『ドクター・スリープ』Doctor Sleep(2019)

成人したダニーはユアン・マクレガーとなり、依存症で生活を荒廃させる。これはタイプキャストの笑いであるが、実際にやることは一般文芸に近い。ホスピスには死臭を嗅ぎつける猫がいる。夜な夜な猫は臨終を迎えた老人の足元に上がり、フフンと死にざまを観…

頓挫した農村の近代化:プロイセン国家の場合

プロイセン国家において農村を封建的な隷属関係から解放したのは行政改革であり革命ではなかった。ナポレオンに莫大な分担金を強いられたプロイセン国家は、その支出に耐えられるような経済的に自由な体制を育てるべく、変革を決行した。が、あくまで行政主…

『秘密の森の、その向こう』 Petite maman(2021)

八歳の少女は過去に戻り同い年の母と親友になる。少女は相手が子ども時代の母だと知る。母は相手を将来産むことになると知る。少女が現代に戻ると、大人になったあの少女が暗い部屋に座っている。これは恐怖映画の叙法である。母が亡霊のように見えてしまう…

『愛がなんだ』(2019)

針ムシロのようなパーティーから退散する成田凌。帰宅するなり岸井ゆきのが欲しくなり行為を試みるが勃たない。パーティーでは陽キャラたちの輪に入れず孤立し、意中の女にも相手にされなかった。何よりもその無様を岸井にずっと観察されていた。男の自信を…

パオロ・バチガルピ 『ねじまき少女』

工場で使役する遺伝子改良ゾウが暴走して処分される。ホク・セン(中国系マレー人)が北米人の上司アンダースンの挙動を観察評価する体裁で事件の後始末が叙されていく。 ホク・センはアンダースンを洋鬼子扱いしている。マンダリンを解さない北米人の目前で…

大塚久雄の重商主義

福岡と熊本の県境。豊前街道沿いに肥猪と呼ばれる町がある。明治の初め、父方の実家はこの地で醸造を営んでいたのだが、幼少のわたしは家のルーツを聞いて戸惑ったのだった。肥猪は1970年代に電話が開通したような何もない僻地である。醸造のような産業が成…

哀切のアイロニー

男と楽しく会話を交わす園みどり(可愛い)を街頭で目撃した武田鉄矢はガッカリする。傷心の武田が飲み屋の暖簾をくぐると女将が倍賞千恵子で、これは如何にも出来過ぎていてギョッとする。園は薄幸の女である。実家のリンゴ園は破綻。両親も他界。 武田は嘆…

物証から誤誘導する 「#14 それぞれの時効」『LAW & ORDER:性犯罪特捜班 シーズン1』

時効を迎えようとする連続レイプ事件に進展があった。事件の直前、被害者の周辺に怪しい男が出没している。被害者の一人に心当たりの人物を尋ねると女は口ごもる。犯人は赦した、もう忘れたい、このまま時効になってほしいと発言を拒む。女は事件後、クエー…

フラストレーションとサスペンス

桜花抄の序盤を思い起こせばよい。金融一家にムサビ臭い男女が生誕した。虚業を嫌う一族から男女は孤立し連帯する。殊に男子は兄弟に加虐され、女は庇護の役回りを担う。階級脱出の定型であり、やがて男女が互いの才能に動揺を覚える点に変奏がある。バトル…

語りの資源配分

倉田梨乃が園芸部の旧庭で小寺と対話する場面である。梨乃はボルダリングに精進する小寺を羨望している。彼女にはやりたいことが見つからない。それがストレスになっている。 小寺の頑張りが不思議な梨乃は「疲れない?」と尋ねる。カットは小寺のショットに…

現場の馬鹿力

米と開戦せずに蘭印を攻略する英米分離論の可否について、米側はどう考えていたのか。マーシャルがルーズベルトに提出した勧告案には、英蘭領への攻撃には参戦で対応すべきとある。他方、スチムソンは真珠湾当日の日記で次のように述べている。英領を日本が…

パオロ・バチガルピ 『第六ポンプ』

筋が定型ならば創作のリソースは筋の組み合わせに投じられる。 ブツを拾い追われてしまう。 自分がいつの間にかメカにされていた。 『ポケットの中の法』(1999)が検討するのはこれら定型の筋を媒介するアイデアである。少年が拾ったデータキューブにはダライ…

フラストレーションから解放される笑い 『マルタイの女』

クレオパトラの舞台が初演を迎える。宮本信子の警護のために西村雅彦はモブのプトレマイオス兵役で舞台に立つはめになる。西村の技量に不満のある宮本は、警護とはいえやるからにはちゃんとしろと西村を叱咤する。実務家の西村は女優という虚業を普段は軽蔑…