別れたるメイドさんに送る手紙 (2)

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酒の席で高岡と隣になった自分は、これはまた厄介な奴と一緒になってしまった、また変な因縁でもつけられたら面倒だ、今夜はもう切り上げよう、と思い早々と席を立とうとしたのだが、彼の高らかな笑いは、まんまと自分を呼びとどめるほどに下劣なのであった。


「君は専属メイドに暇をやったそうじゃないか。どうしたんだ?」


実に勿体ぶった態度でそんなこと聞いてきた。自分は「ははは」とばつの悪い照れ笑いで誤魔化すが、高岡は執拗に食い下がってくる。


「あれは実に良いメイドだ。今一度、彼女の給仕を賜りたいものだ。いや、いっそのこと僕が専属にしてやろうか」


どれだけ自分が雪に熱を入れていたか知っているはずなのに、何という誠意のない俗悪な言い様であろうか。しかし、ここで下手に口論して、和やかな席をぶち壊すのも忍びなく、また棄てたメイドに執着する己を恥に思う気持ちもあって、自分は無理に快活の風を装った。


「君は宮崎あ○いとか、長澤ま○みとか、そっち系の娘どもを好むのだろう? 何だって今頃、メイドさんに興味を持ったんだい?」


高岡はイヒヒと意地の悪い笑みを浮かべて、人生に対する悪意ある関心を露骨にした。


「くやしいだろう! 僕が君のメイドを専属にしたら、さぞかしくやしいだろう!」


もはや人の道をわきまえぬとか、そういう生やさしい態度ではない。ただの狂気だ。しかし、この男の境遇を思えば無理なからぬ話でもある。美しいメイドさんを囲う好男子の自分を歯ぎしりしてやっかんできたのだ。寛容になるのが筋ではないか。自分はそう考えることにして、かえって大らかに笑うのである。


「君は専属メイドに幻想を持ちすぎだ。あれはあれで厄介なところもあるのさ」


「ほう、ではどんな厄介か試してみようじゃないか。陰湿で未練がましい君のことだから、あのメイドの居場所など逐一把握してるのだろう? さあ言え、僕が今すぐ出向いて口説き落としてやる」


いくら酒の入った醜態とは言え、さすがにこれは棄てておけなくなり自分はぐっと押し黙ってしまった。けれども、もう何年にも渡る貧困の生活によって、すっかり従順の毒に冒されていた自分は、高岡に牙を剥くどころか、逆にこの貧困が雪を奪ったのだ、すべて貧困が罪悪なのだ、と自分の立腹を隠すように内向した挙げ句、やはり生活を変えねば、とりあえずもっと明るく振る舞わねば、となぜか決意を高らかにした。そして、どうせイスタンブルなのだから、さすがの高岡も手出しすまいという安心感も手伝って、己の露悪趣味に促されるまま、雪が自分を棄てた経緯やその居場所を掴むに至るドタバタを事細かに面白可笑しく語って見せたのだった。(つづく)