The Wayward Cloud (3)


3. 癲狂院の春


丘の中腹から見下ろす練馬大根の畑は、日にあたる黒猫の淫靡な照り返しのように、陽炎の中を穏やかに揺れていた。樫の木陰に集い、全てを諦め、柔和に笑う影絵のような人びとは互いに無関心で、ただ新鮮な大気と草の香りを物憂げに享受していた。私は調和と均整のとれた宇宙に渾然と投入し、自らを一糸纏わぬ萌え美少女に擬していた。長い黒髪を乱しながら断末魔の喘ぎを上げ、汚らしい男の上で野獣のように腰を振る自分を思い、股間を固くした。私の平和を乱すものはない。完璧な萌え美少女に嘆き悲しむものは何もない。


ふと閑寂が破れた。高笑いが起こり鼻につく異臭が漂った。隣にいたオナホールの貴族(id:ykic)が立ち上がり、気怠い足取りで木陰を出て行った。その灰色の作業着には溝鼠の痩せた骸のような染みが広がり、やつれた頬を合歓の涙が潤していた。地平線まで広がる練馬の大根畑の真ん中まで進んだ彼は頭上を仰ぎながら熱に浮かされたように干涸らびた唇を動かした。


つるぺたぢゃ……つるぺたの群れが降って来よるぞ!」


五月の空は閑雅で悠久だった。淡く霞んだ地平は上昇するに連れて膨張し弧球となった。天上の蒼空には綿雲が優しい風に漂っている。孤独で寂しいひとひらの雲が。……(了)