私は、一度きりという不可逆のよろこびに、微笑した (3)

衰弱は緩慢に進んだ。近頃は昏睡することが多くなったように思う。幼女の毒は腹の中で意気揚々と代謝を続け、私を数日の内に滅ぼすことだろう。



戸外では春らしい細い雨が降っていた。時折、音楽療法のおぞましい歌声が硝子を越して耳に届いた。私は、特にわななきもせず、影と風を眺めながら、来るべきものを漠然と待ち続けた。眠りの中で、幼女の毒の誘う色情的な夢を慰めにして、つるぺたの影を追いつづけた。わが貧しき孤独な生涯は、食費の遣り繰りでついやされたようなものだが、夢の行き先を案じることはもはやないであろう。ニコ動のランキングだけが楽しみな人生なんぞに、何の未練もないのだ。友だちが居ないのは、煩わしいから作らなかっただけの話だ。文句あるか。



夢うつつへ漏れ入るように現れるぼんやりとしたつるぺたの影は、私の肩を小突いて「きっと誰か見てたはず」と慰めをいう。これは多分に考えてよいことだが、だからこそ、私は込み上げる冷笑と自嘲を抑えることができない。そう、ただ見てるだけなのだ。そして、この事は人を批判する謂われにはならないだろう。みんな忙しくて、見てるだけで精一杯だ。私自身が見てるだけなのだから。



つるぺたは挑発するような眼差しでからかうように笑う。



莫迦ね、寂しいくせに」



聡明なる小賢しいつるぺたよ。私は君に告白したいことがある。私は密かに欲情したのだ。あの日、臓腑を散らしながらぶっ飛んだ先輩の俗悪なまでに絢爛な姿を。随分と長い時間だったが、やっと報われるのだ。



「それで貴方は愉快な訳ね。彼女みたいになれるんだって。……愚かだわ。本当に大好きだったのね、その人のこと。どうしていわなかったの?」



私はお気に入りのメイドさんをたらし込むような声色を作った。



――よせやい。





夜、私は昏睡から一時的に覚醒した。そして体の記憶する生活の動作に促されて先物のチャートを開き、あと100円上がれば利確できることを知った。半年に渡るの塩漬けの末、サブ○ライムをようやく乗り越えたのだ。



もちろん実際に利確できるまで私が生き延びうるか危ういところだし、利確できたとしても、今更使いようがない。



私はただ知っているということがうれしかったのだ。私が滅びようとも、プラテンがやって来ることを。期待と因果の連なりに投影され、好ましい予期の既視感の中に登記された、その澄みきった生の夢想の充足感を。



私はそれを自由と名付けることにした。





――そうだ、こんど生まれ変わったら、能登麻美子になってやろう。毎晩のように川澄綾子に蹂躙されよう!



ニコ動の天気予報は晴れマークである。明日は死ぬのにもってこいだ。(つづく)