蒼白な混擬土の天球に座り、君は僕のことを嗤うだろう (2)



2.アンドレイ・ワシーリイチ・コスチュコーフ



マルタンの祝日はオナニィにもってこいの天気となった。



ということで、 軒先で物乞いをする学寮の給費生たちをひとしきり引っぱたきながら――時にはひっぱたかれたりもしたが――わが輩はジェベルムーサーの丘へ向かったのだった。中腹に広がる練馬大根の畑で自慰に耽るがためである。青臭く湿り気のある土壌に全裸で横たわり、自らの浄福の内に沈む歓びは何物にも代え難い。



たとえ野外であっても、然るべき場所で然るべき時に行われるオナニィが非難されるいわれはないし、またそれを恥じるべきでもないとわが輩は信じる。丘の東斜面に12アールほどであろうか、十月の淡い光に照らされた実に悩ましい土壌を見つけたときもわが輩は泰然自若。畦道の向こうに人影を認めもしたが、何の躊躇があろうか。ただ雄渾と背を向けて、中腰で脱衣にかかるのである。



いや背を向けるのだから、やはり後ろめたい気分もあるはずだ、と思う人があるかもしれん。わが輩はその見解に与しない。通行人を視界に据えて事に及んでも、わが確固たる想像力は微動だにせぬ。わが輩が嫌うのはその人に誤解を与えることだ。おのれが慰みものになっていると自惚れさせてたまるものかは。むしろわたくしを慰みものにしてほしいわ☆ だからわが輩は自分で自分を慰みものにする所存である。



「ねえオジサンお兄ちゃん、そんなところで何してるの?」



今や半ケツに至らんとするまで脱衣を進捗させたわが輩を背後で呼ぶのは、純度の高い善性の響きをともなった、いかにもお兄ちゃん好きのするつるぺたな声であった。肩越しに振り返ると、隠遁修道院フレスコ画から抜け出たようなブロンドのつるぺたが、純白のパーカーを身に纏い、幼女であることの驕慢さをうっすらとたたえながら微笑んでおる。



「お兄ちゃんは自慰に耽るところだったのさ」



「野外派なの?」



「インドアでもOKだよ。今日は天気に誘われたんだ」



わが輩はおろしたてのチャックを静かに引き上げた。恥じらいでもなく配慮でもない。つるぺたの幼き乳の輪郭は純一にて爛漫な善性の似像であり、その善意はそれ自身の果てしない広がりの中を漂う。わが輩には幼女の意志するすべてを受け入れる準備ができていた。ただそれだけのことなのだ。



「君はどう思う? なぜ本田透はメガネの似合う美しい編集者と一緒になったのか。どうしてみさき先輩を棄てねばならなかったのか」



畦道に続く土手を登りながら、わが輩は天空より高貴なるつるぺたの魂に問いかけた。



「祝福されるべきは、幸福のやましさ。その本領は与えること。自らに自らを与え享受すること。あの女はどんな悲嘆であれ、何らかの慰めを用意するはずよ。彼女たちはいたぶるほどに美しくなるのだから」



幼女の瞳には何の感化も痕跡もない。ただ甘く冷ややかにつるぺたの栄光を顕していた。



***



日は傾き、大根畑は浅黄色になった。事を終えたわが輩は、丘を下る途中で、ボロを纏ったアンドレイ・ワシーリイチと出会った。



「なあアンドレイ、どうして君ほどのつるぺたが汚らしい中年おやぢの肉の中に閉じこめられたのかい?」



アンドレイ・ワシーリイチは途方に暮れたようにわが輩を見つめた。



「旦那、あっしには何もわからねえんだ。誰がこんなことをなすったのか、何だってこんな牢獄に連れ込まれたのか。旦那、あんたは知らねえか。あっしは一体、かつて誰であったんですかい?」



「嘆くことなんて何もないはずだよ。永遠の生とはつるぺたの認識の中にある。いかなる禍害が起ころうと幼女の誠意のなせる技なのさ。」



過酷な自慰に蝕まれウットリと鈍磨したわが輩の声色に、アンドレイの怯えきった眼は涙でいっぱいになった。



「せめて理由さえ、理由さえわかれば……」



丘陵はすっかり薄暮に包まれた。大根畑は夕闇の大気にうちひしがれ、陰影の中に沈んでいった。黒みを帯びたみ空の彼方からは白い灰が舞い降り、地上を祝福していた。十五年前、みさき先輩によって蹂躙され汚染し尽くされた、この練馬区の清浄こよなき大地を。……(つづく)