3. USS “ドロンパビル”の最期
高次射影の観測結果によれば、残存する“先輩”のテクニカルコアはおそらく5体。彼女たちは数を頼りに包囲を試みるだろうが、観測精度は“ドロンパビル”に分があったので、先制攻撃は高い確率で可能だったし、距離を保ちながら封鎖をやり過ごす手もあった。先輩らは互換性のない次元にとどまるだろうから、連携のとれた作戦機動はむつかしいはずだ。
最初のコンタクトは、ドロンパビルが哨戒線の突破を意図し、宙域の周縁部に軌道を配向させてから30分後に始まった。
テクニカルコアに呼応する隆起の検出は順調につづき、10分後には射撃解析値が算出された。ところがもう一体の検出が直後に始まり、ドロンパビルのタクティカルディレクターは判断を迫られた。
方位と距離の記述化に成功したテクニカルコアをひとまず攻撃するか。あるいは転進して2体のテクニカルコアから距離を保ち続けるか。攻撃をかけた場合、時空面の曲折を観測範囲外にある先輩たちに検出されるだろう。迂回するにしても最接近したテクニカルコアの量子センサーに曲折が引っ掛かるおそれはあった。しかし彼女の方には、よほど接近せねば攻撃できない事情もある。テクニカルコアの解離にかかる時間がドロンパビルの実体化に追いつかないのだ。
ドロンパビルは変針の結果、射撃解析値を失い、それからまもなく、これは単純な不運だったのだが、2体のテクニカルコアをロストした。このとき、接近していた方のテクニカルコアではドロンパビルの射撃解析に着手しつつあった。ただしその実体化の地平に追いつけるような軌道の占有序列はいまだ不明だったと思われる。
沈黙の2時間後、ドロンパビルの射界後方で突如、軌道の収縮が感知された。先輩から発せられたと目される量子フォームから逃れるために、トロンパビルは転進し、実体化を始めた。
この戦闘において、ドロンパビルは先輩の電磁トルクから逃れることはできた。しかしその幾何情報は可解し、残りのテクニカルコアにも検出され捕捉されたのだった。
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作戦会計士の意味論的短絡によって予備フィールドに後退し、効力射のプラズマ流をいったん免れたアードラー中隊は、そこから前進フィールドへの再布陣中、今度は電磁パルスの雲から現れたつるぺたどもに襲われ、インターンオフィサーらの沸騰した外殻体を盾にして、再び予備フィールドへの撤退を余儀なくされた。中隊に残る外殻体は管制コーディネーターの十数体を残すばかりである。
フラットスペースの攻撃基準線右手に展開していた艦隊付保安大隊の偵察隊は、動波の谷に落ち込んで今や消息がわからない。かろうじて原形をとどめる対つるぺた障壁が架橋されたら、大隊本部への連絡線はもたないはずだ。
前進フィールドを占拠したつるぺたどもは阻止射撃で釘付けになっていた。しかしあの女は、ドロンパビルの船殻からオーバルホールまでの間、1インチにつき半ダースのつるぺたまでなら浪費に寛容でいられるだろう。
アードラー中隊の残存兵力が前進フィールドに逆襲をかけ、その最後の外殻体が融解した頃、男は損傷した外殻体の奥底で、フィールドの凝集性を記憶とともに流失させつつあった。彼の視圏と領野にかろうじて映るのは、掩体陣地の裂断部に浮かぶ女の姿。黒血と泥濘に覆われた幽鬼のような裸体は、闇の中で発光する無数のつるぺたを従えている。
「透くん、泣いているの? 本当につらかったんだ」
女は男を一瞥し、一振りの内にオーバルホールの隔壁を除いた。男の外殻体は光子の圧力に屈し、螺旋を描いて漂い始めた。
「次も殺し合いましょう、またとない人。わたしたちは何度でも何度でも殺し合うの」
白熱した界面に船殻を焼かれると、ドロンパビルは垂れ込めた気層の襞にゆっくりと身を沈めていった。(つづく)