弾薬節約主義が迫撃砲を好まない話

華中作戦―最前線下級指揮官の見た泥沼の中国戦線 (光人社NF文庫)
迫の待ち伏せに遭遇する連隊本部の話が『華中作戦』に出てくる。陸大の教官歴があって作戦指導も華麗な連隊長はそこでテンパってしまい、近くにいた著者の中隊に迫の制圧を命じる。


迫の発射と弾着の間に20秒あれば2km、という計算になるらしい。待ち伏せの迫は昼間に標定を済ませているから、闇夜にかかわらず弾は近くに落ちてくる。歩兵陣地を突破しながら闇夜を一個中隊で挺身するなど既知外沙汰で、出来たとしても何時間かかるかわからない。


困った著者は、近くに布陣していた連隊砲に、脅しでも良いから適当に撃ってくれと無理強いする。100mずつ延ばしながら4発撃ってもらったら、迫の射撃は止まったという。


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大陸で日本側が迫を撃ちまくってる話はあまり聞かない。逆に国府兵は迫しか撃ってこない印象がある。『血と砂』のラストで砲撃を浴びる佐藤允が「大砲潰してくる」と言ってるが、あれは迫だろう。どうして大陸の旧軍で迫が目立たないのか。


十一年式曲射歩兵砲という迫が大正の中頃に採用されていた。昭和7年になると九二式歩兵砲に更新され、大陸ではこの通称大隊砲で戦うことになった。


大隊砲は一見してミニチュアのカワイイ大砲なのだが、70度くらいまで仰角をかけられるので曲射もいけた。つまり、これひとつで平射と曲射を両用したいスケベゴコロがあった。しかし後装式で発射速度は遅いし、重量は迫の60kgに比してこちらは200kg。大陸で迫の威力が明らかになると、九七式曲射歩兵砲が出てくる。しかし配備が間に合わない。


戦争案内 (平凡社ライブラリー)
戸田昌三の『戦争案内』に迫の話が出てくる。戸田は学徒出陣だから昭和19年くらいの話で、習志野で迫の訓練を受けた後、彼は大陸へ送られている。ところが現着すると迫撃砲なんてものはなく、敗戦間際にようやく鹵獲品がやってきた始末だった。


しかしながら、旧陸軍の弾薬節約史観に基づけば、たとえ大量配備できたとしても、迫は精度を弾薬量の犠牲にする兵器だから、けっきょく弾がないというオチになる。だったらつるべ打ちは出来ないとしても平射で精度を確保できる大隊砲の方が、弾を浪費できない条件下では案外合理的な選択ともいえる(九七式曲射歩兵砲のwikiも参照)。