善意を表現する構造 グレッグ・イーガン『白熱光』

白熱光
本作は、明らかに、フォワードの『竜の卵』と政治的課題を共有している。また、語り手には、そのように想定してもらいたい動機がある。実のところ、叙述トリックで課題が解決される点で、本作は『星を継ぐもの』の影響下にあるのだが、トリックである以上、語り手には誤解してもらわねばならない。


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文明接触を扱う『竜の卵』では、優位にある人類側が劣位者を管制教導することで、受け手の自尊心を喚起する作りになっている。しかしこれだと、ポスコロ的な引っかかりも否めない。『竜の卵』は、人類と劣位者の間にタイムスケールの違いを設定することで、この課題を解消している。劣位者の文明がやがて人類のそれを凌駕する。


『白熱光』でも、人類と劣位者の話が並行し、文明接触だと誤解するように構成されている。この話では、劣位側に危機が訪れている。文明接触の話だと想定すれば、やがて人類がこれに介助することが予想されるので、そこに先取りされた自尊心や計画描画の予感が見込まれる。文明接触という誤誘導が、エンタメを喚起する。


実際に人類側は、中盤以降、劣位者の一部と接触して、文明接触型のエンタメがピークを迎える。危機回避の自助努力を続けている劣位者のグループが、人類と接触した劣位者といつ合流するか。ここに、恋愛に似た感情喚起がある。両想いだが、互いはそれに確信がない。しかし、この二人を観測する第三者には明らかである。このときの観測者の好ましいもどかしさが再現される。


本作の詐術は、まず人類が接触した劣位者が、危機に見舞われている劣位者とは別の世界に居住している点にある。文明接触のエンタメを物語の牽引に利用する以上、受け手には、両者が同じ舞台であることを誤解してほしい。


もっとも、誤解への誘導は、受け手の自尊心を喚起する一方で、延々と描画される劣位者の自助努力というエンタメをスポイルする面もある。人類の介助が予想されるからだ。


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彼らの自助努力は無駄ではなかった。それを最後の二頁の何気ない台詞で劇的に確定させることで、人類の介助の可能性がもたらすスポイルを遡及的に回避したことが、本作のオチとなるだろう。事態は文明接触ではなく、劣位者の行っていた自助努力は、実のところ、遠い過去の出来事で、人類はそもそも彼らと接触しようもない。ここで、話の構造と文明の格差への政治的配慮が、『星を継ぐもの』の形で一気に落とし込まれる。人類にとって謎の構造が宇宙にある。この解明もまた、話の牽引となっていたのだが、これは、遠い過去に、危機回避を尽力した劣位者たちの善意の表れだと明かされる。文明の優位は、間接的な形で、逆転してしまい、政治的課題がクリアされる。それは、またホーガン的な感情の喚起でもある。あいつらは成功したんだ、という感慨だ。


ただ、やはり腑に落ちないところもあって、スポイルが合理化されるのは、あくまで遡及的な形である。接触ものという誤解によって、劣位者の自助努力がスポイルされ、その描写の観測に身が入らなかったことは、取り返しがつかない。