エミール・ゾラ 『居酒屋』

居酒屋 (新潮文庫 (ソ-1-3))
 受け手が好意を寄せるキャラクターがある。われわれは彼女の幸福と成功を願う。その一方で、このヒロインに寄生する男がいる。ヒロインに好意があるゆえに男を憎悪するわれわれは、彼の破滅を願う。しかし、男がヒロインに寄生している以上、ヒロインを破滅させて寄生できなくさせることが男の没落の近道になる。共感するヒロインが幸福になってほしい願望を、憎悪する男が没落してほしいそれが凌駕するのである。男が没落するのであれば、ヒロインが破滅しても構わない。
 この相反する心理を醸成する成り行きには色々な利点がある。男が寄生してくるのは女が成功したからであり、寄生の時点ではヒロインの出世物語は一応の完結を見ている。幸福になれるかどうかというキャラの顛末をめぐるハラハラは消失している。ここからヒロインが転落してもあまりショックがないのである。また、われわれはヒロインの有能さや勤勉さに共感を覚えたのだが、寄生されたことがそれらの徳目を損なってしまう。彼女への共感が失われ、没落が応報に見えてしまうのである。