銀河帝国のドレスコード 『銀河英雄伝説 Die Neue These』

 戦前の宮中のドレスコードは、同じ宮中であっても表御座所と御内儀を往来するたびに天皇に着替えを要請する。明治期の場合、表御座所では軍服を着用し御内儀ではフロックコートになる。大正と昭和戦前期では、表御座所では軍服だが御内儀ではスーツになる。19世紀末から20世紀初頭にかけてスーツが仕事着になった世間一般の経緯がある。
 旧作とノイエ版を比較すれば、仕事着のドレスコードを最も変え来たのは帝国の文官だろう。同盟もフェザーンも旧作と違わないスーツである。ところが宮廷服だった帝国の文官も今回はスーツを着用している。ただ、三つ揃えのダークスーツとウィングカラーのシャツで差別化を行っている。リヒテンラーデ公は執務だけではなく宮中に参内するときもこの手のスーツを着用している。つまりドレスコードが緩い。
 明治期の文官はどんな格好で参内していたか。米窪の『明治天皇の一日』には、伊藤博文が参内するとき剣を吊っていたとあるから、大礼服の印象を受ける。しかし映画や絵画の御前会議ではフロックコートを用いている。昭和戦前期は写真が残っていてわかりやすい。現代の認証式と同じノリで、参内するときはスーツからモーニングコートに着替える。宮廷の内外で服装を変えないノイエの宮廷はこれらよりもドレスコードが緩いのである。
 未来の話である。歴史的なドレスコードと整合性がとれなくてもよいはずだ。それでもなお、スーツではなくフロックコートやモーニングを仕事着にすれば、帝国と同盟の文明差はよりはっきりしたと思う。あるいは宮中だけでも、たとえばモーニングにした方が、ドレスコードの存在を意識させて世界観に奥行きが出たと思う。われわれには現実の精緻な模倣に愉快を覚える特性があるのだ。