答え合わせ

 ベン・アフレックは『アルゴ』で河原者の負い目に言及している。アラン・アーキンの扮する映画監督は娘と疎遠である。なぜと問われると彼は自嘲する。
 「嘘で塗り固まった人生だからさ」
 虚業の負い目が家庭問題として具現化することで当人を動機付ける。
 ベンアフはCIAのサルベージ屋である。偽の映画をでっち上げてイランから大使館員を出国させようと目論む。しかし大使館員らをロケハンスタッフに化かすアイデアにアーキンは困惑して、協力を断ろうとする。そんな彼を虚業の負い目で駆り立てるのが、テレビに映る反米デモ隊である。アーキンは考える。今度は本当のことができるかもしれない。しかも虚業であることによって。この嘘の人生には実のところ意味があったのではないか。


 山本露葉は失敗した詩人である。資産生活者として終始した彼は日記に吐露している。
 「人に使われてもいいから一度は働いて稼ぎたい」
 露葉が脳溢血で世を去った後、息子の夏彦は父の残した詩文や当時の雑誌を読み漁る。そこに父の友人の無想庵が現れる。
 『無想庵物語』は武林無想庵の評伝であるが、評伝は本当の課題をミスリーディングもしている。無想庵を通じて夏彦は父の足跡をたどり父を知ろうとする。妻子と食事を共にしないこの明治人が夏彦にとっては謎なのである。
 無想庵も露葉と同じく失敗した芸術家だった。妻の文子は甲斐性無しの無想庵を棄ててこう言う。
 「あたしは意気地なし大きらい、弱虫は大きらい、辛抱して傑作をお書きなさい」
 しかし無想庵は書けない。
 文子は無想庵を棄てるだけではない。娘のイヴオンヌは画家の辻まことと結婚する。文子は、こんな男と一緒ではうだつが上がらないと別れさせる。イヴオンヌは深酒して睡眠薬を飲むようになり嘆く。
 「小さいときは何も知らなかったからパパが一番好きだったけれど、大きくなって分ってみるとパパほどいやな人はない。あんたはあたしのパパじゃない、ママはインテリじゃない、ママの悪口は言わないでくれ」
 彼女は四十三で亡くなる。露葉も無想庵もイヴオンヌも失敗したのだった。

 生得の障害には当人の責任がない。したがってこの種のハンデは困惑の種になる。
 たとえばプラトンの霊魂観にはこの不条理への言及がある。それは一種の輪廻であって、今ある人生は前世である違う自分によって選択されたものだ。ところが今の自分には記憶がないから、なぜこんなひどい人生を選んだのか皆目わからない。
 無想庵は晩年に至り失明する。彼は夏彦のコラムを楽しみにして、雑誌が届くと声をあげて読ませた。「露葉に読ませてやりたい」とよろこんだ。無想庵は露葉に知らせたかったのだった。自分と露葉の何かが夏彦において結実したことを。自分たちの人生に意味があったことを。