McDougall,S. (2005). Romanitas: Volume I

Romanitas: Volume I (English Edition) 今年の初め、ローマが現代まで存続する歴史改変小説が一部界隈で話題となった。舞台は21世紀初頭でローマと日本と中華が地球を三分している。ローマと日本は300年に及ぶ戦争の末に1945年以降、冷戦状態にある。本文には言及がないが核兵器が登場したのだろう。中華は内向化して緩衝国家になっている。北米では "Great Wall" を挟んでローマ軍と "Samurae troops" が対峙している。GDP(?)ではローマが僅差で優っている。ローマ領ロンドンには普通に日本人や中国人の姿がある。
 日本語話者には鼻腔の膨らむ世界観である。早速手に取ってみたのだが、これが些か難物であった。少なくとも架空戦記ではない。端的に言えば、奴隷解放をめぐる青年の冒険譚である。このローマには奴隷制も残っているのだ。それで早くも気勢をそがれた。
 本書の改変世界には車も鉄道らしきものもある。テレビは longvision と称される。電話は longdictor である。インターネットと携帯電話はない。radio-longdictor というのが出てくるが、これはトランシーバーらしい。
 要は、現実と同様に産業革命が起こったと思われる。ところが奴隷制がある。つまり封建制を経由していない。これで産業革命が自生するのかどうか、たとえばマルク・ブロック的理屈をこねる必要が出てくると思うのだが、この作者は社会科学に関心がないのである。
 筋を見ていこう。
 現皇帝の甥っ子 Marcus は16歳。内向する青年である。母語であるラテン語に加え、マンダリン、日本語、ギリシア語をしゃべる。
 皇帝には Makaria という一人娘がいる。歳は Marcus と同じくらいだろう。息子はいないから甥である Marcus が皇位を継承することになっている。
 冒頭で Marcus の両親、つまり皇帝の弟夫婦が自動車事故死を遂げる。これが事故を装った暗殺である。Marcus のリベラルな両親は奴隷解放を目論んでいた。ローマの軍産複合体がこれを嫌がる。奴隷制がなくなると人件費が増大する。Nionianに負けてしまう! 奴隷制の経済合理性について興味が誘われる件だが、軍産複合体と手を組む黒幕が皇帝の娘 Makaria である。
 両親の死の真相を知った Marcus も Makaria に狙われる。Marcus は身をやつして逃亡。その道中で逃亡奴隷姉弟と道連れになる。この姉弟、姉は Una といって、人の心が何となく読めるESP少女である。つまり、架空戦記というよりもジュブナイルノベルなのである。キャラクターの年齢からいっても。
 彼らはピレネー近辺にある逃亡奴隷のコミューンに身を隠すことになるのだが、その途中で Una がはぐれて奴隷商人に捕獲される件が出てくる。Marcus は奴隷商のもとに赴き、Una の主人を装って彼女を引き渡せと恫喝。内向的なMarcusがアリストクラティックな気概に目覚める。Una はドキドキする。Marcus もドキドキしてくる。奴隷コミューン到着するといよいよ Marcus は性欲を持て余す。しかし、ローマでは彼は死んだことにされて葬儀をやる段となる。
 これを知ってカッとなった Marcus はローマに戻って、葬儀会場で弔辞中の皇帝に直訴。狂人扱いされて収監。Una はESPを駆使して Marcus をサルベージ。ふたりはもうラヴラヴ。正気に返った Marcus は改めて真相を皇帝に訴える。黒幕はあんたの娘のMakariaだと。皇帝は激昂してMakariaを詰問。Makariaは誤解だと愁訴。なんと憎たらしい。
 が、黒幕としての Makaria がミスリードなのであった。Makaria も利用されていて、愁訴は演技ではなく本当の愁訴であった。
 わたしは『ロード・エルメロイII世の事件簿』のオルガマリーがすきだ。最後の件では、Makaria たんにもそういうドジな才女という属性が仄見えてきて、米澤円声が聞こえてきたのである。
 と、嬉々として筋を追ってしまったが、読んでいる最中は苦痛だった。この作者は心理描写を2頁3頁、平気で続ける類の人で筋が進まない。心理描写の中身もまことに月並みである。これまで邦訳されなかった理由がわかるのである。
 本作は三部作で、次巻ではやっと架空戦記かと期待して Wikipedia のあらすじを読んでみたのだが、どうやら三部作全部が同じようなノリらしい。邦訳されたとしても続きを読む気にはなれんなあ、というか、この筋だとローマと日本で世界を分割する設定の必然性があまりないのでは。