『スローな武士にしてくれ〜京都 撮影所ラプソディー〜』(2019)

 これもまたつらい話なのである。
 大部屋俳優、内野聖陽は殺陣の専門家である。台詞がダメで切られ役ばかりである。彼は大部屋仲間の中村獅童に自らの切られ役人生を自嘲してみせる。
 この場面、獅童のイライラした反応が露骨なのだが、それでも作者の意図に少し戸惑を覚えたのである。内野はどうみても幸せ者なのだ。アクション女優、水野美紀(きゃわいい)と結婚し一男一女に恵まれている。しかも獅童は水野に惚れていたというつらさで、羨む獅童を前に、20年も経てばただのオバサン等々と火に油を注ぐからたまらない。
 むろん、作者には内野を非難する意図があって、案の定というか、内野の自嘲に耐えきれなくなった獅童は咆哮に至り泣かせに入る。
 曰く、あんたほど果報者はいない。俺が惚れてた女優を女房にして可愛い子どもがふたりもいて、毎日愛妻弁当である。どこが不幸か。大部屋仲間がどれだけ羨望していたか。
 獅童に発破をかけられた内野は自分のダイコンと向かい合いこれを克服する。しかし、果報者をこれ以上幸福にして何か意味があるのだろうか。こちらとしては獅童にしか興味がないのである。いかにすれば獅童の職人人生に救いが訪れるのか。それこそ知りたい。
 本作はボーイズラヴを以て答えとなす。いや、それは救いなのかと疑義はあるのだが、BLの表象のさせ方で芸を見せる方策が採用されている。演出の石橋蓮司と撮影技師の本田博太郎獅童の職人人生の変奏となりロールモデルとなるのだ。
 池田屋の階段落ちをワイヤーアクションですることになる。ついでにカメラも一緒に飛んでフォローするよう蓮司が博太郎に要求する。博太郎は恐怖して拒絶。蓮司はそこで見え透いた煽りをやる。「活動屋ここに死せるやなあ~」云々と。これに激昂して煽りに乗ってしまう博太郎もマンガである。ただ、煽りに乗った後、博太郎は報復として解釈に困るがとにかく淫靡なスキンシップを蓮司に試みる。手刀で蓮司の頬をねっとりと撫で上げたのである。


 先々週だったか、BSで再放送しているポワロなのだが、鬱になったポワロがヘイスティングズを連れて海辺に療養に出かける(「二重の罪」)。ポワロは現地でジャップ警部の講演会のちらしを見てウンザリする。ポワロの手柄を我がもののように語るだろうと。
 『名探偵ポワロ』は杜琪峰映画のようなオッサンドラマである。ポワロとヘイスティングズジャップ警部のオッサン三人組は連れ立って映画に行ったりパーティーに出ること度々である。
 それで、この話ではポワロは人目を忍んで警部の講演会に出かける。ジャップ警部はさすがに素直クールで、ポワロのことを褒める。ポワロは莞爾とする。ところが、ヘイスティングズに落とした新聞の切り抜きを拾われてしまうのである。「ジャップ主任警部、北部に講演ツアー」とある。ポワロのお目当ては療養ではなく講演だったとバレる。
 ポワロは「ノンノン、裏の記事に興味が」と平然を装う。ヘイスティングズが切り抜きを裏返すとそこにはフランス語教室の広告が。微笑みを交わすジャップとヘイスティングズ。ワシ、黄色い悲鳴。