死者に自分を奪われる

 ミッドウェイ(2019)とID4リサージェンス(2016)に淀む湿っぽいセクシャリティは何事であろうか。オネエ顔のエド・スクラインがスペルマの飛沫のような曳光弾をかいくぐり飛龍の航空甲板の日の丸目がけて250kg爆弾を投じる。飛龍撃沈の引き換えに戦傷したスクラインは二度と飛べなくなる。度々搭乗を拒む彼の後部銃手も暗すぎる。
 リサージェンスはもっと露骨だ。ナード組のオーキン博士とアイザックス博士はゲイになっている。大統領のビル・プルマンはエイリアンの触手に巻かれた後遺症で玉無しになっている。エメリッヒがゲイだからといえばそれまでだが、男性性の喪失を伴うかたちでセクシャリティが表出する点に彼の作風の特色がある。
 ゲイであるエメリッヒにとって男性性の喪失は器質的に捕捉されている。
 リサージェンスのプルマンは前作ID4(1996)のランディ・クエイドの焼き直しである。エイリアンにアブダクトされ“いたずら”されたクエイドは、マザーシップに特攻することで男性性を恢復する。プルマンも特攻する以外に恢復の術がない。
 ID4世界では男性性の喪失はエイリアンの触手による蹂躙を以て表現される。それは器質的な事象ゆえに不可逆の事態である。敢えて恢復を試みるならば、自らを滅ぼす以外に手立てがない。


War (English Edition) かつて誘拐され男性性を喪失したクエイドは、それを恢復する機会を逸したために、マザーシップから解放されても観念的には人質に取られたままである。
 この状態は戦場の心理学が言及する献身中毒に似ている。
 どれだけ銃火が飛び交おうと戦傷者が呼べばメディックは行動を躊躇しない。恐怖はないのだろうか? 彼らがいうには、死ぬのは怖い。しかしそれよりも恐ろしいことがある。自分は僚友に対して先行的に借りを作っている。自分が負傷したら彼らは自分と同じように確実に駆けつけてくることを自分はあらかじめ知っている。知っている時点ですでに僚友に負い目を覚える。もし自分がしくじったならば、足がすくみ助けを請う僚友の許へ駆け寄れないならば、しかも彼が戦死したならば、借りを返す機会は永遠に失われる。死者に自分の人格を所有されてしまうのである。彼らはこの恐怖をこう表現している。

Dying was over with. Cowardice lingered forever.

 『秒速』と『宇宙よりも遠い場所』は死者に自分を奪われるこの恐怖を恋愛に応用したものである*1。相手に好意を確かめようにも、もはや彼女は不在である。確かめようがないから永遠に呪縛されてしまう。『秒速』では男は廃人となり、後者では死者に送り続けた宛先のない恋文が最後に自分に回帰する。ID4の自己滅却による恢復が円環で表現されたのである。