ジブリから橋田寿賀子節へ

 有能なキャラクターを創作するとなれば、受け手が彼を有能と認知してくれるような行動を用意せねばならぬ。かかる行動を発起させるイベントを用意せねばならない。


パナマの死闘 (ハヤカワ文庫 NV 80 海の男ホーンブロワー・シリーズ 5) レディ・バーバラの性格造形は一言でいえば宮崎アニメのヒロインである。ボートでリディヤ号の船側にやってきた彼女は揺れる縄梯子に難なく飛びつき甲板に上がって来る。運動神経は才覚を表現するもっとも原始的な記号だ。パナマから帰還する際、貴族の娘を便乗させる羽目になったホーンブロワーは愉快ではない。さぞかし尊大な娘がやってきて無理難題を吹っかけるだろう。
 近づいてくる彼女は大胆率直に彼の目をまともに見つめたままである。キャビンには荷物の10分の1も入らないとホーンブロワーは嫌がらせをいう。レディ・バーバラ曰く「前にもキャビン暮らしをしたことがあります。あそこのあの衣類箱に、航海中必要な物は残らずはいります。ほかの荷物はどこへなりとしまっていただいて結構です」
 ホーンプロワーは怒気にかられてしまう。「現実的な常識を見せる女には不馴れだった」とフォレスターは評する。レディ・バーバラは自分が迷惑だと自覚している。女の自意識は時にホーンプロワーは苛立たせ、時に魅了する。
 この頃のホーンブロワーには感情を隠すために咳払いを利用する癖があった。頭の切れるレディ・バーバラは早々にこれを見抜いて咳払いを揶揄う。が、すぐに後悔して、回れ右したホーンブロワーを長いほっそりした指で引き留める。自意識の深度を展示しつつ肉体接触イベントがこなされる。
 続く会食イベントと看護イベントで能力描写は山場を迎える。
 会食に招かれたレディ・バーバラはリディヤ号の士官たちを気さくに裁く。クレイの生意気な言い草を笑い飛ばす。プッシュが語るトラファルガル沖海戦のみやげ話を楽しそうに聞く。『最後の吟遊詩人の歌』について詳しいところを見せ、ガルプレイスの心を完全に掴む。
 戦闘に入ると軍医代理のローリーがパニクる。臆病で能無しの彼は大量の負傷を前にして途方に暮れる。傷病兵の看護をしていたレディ・バーバラはホーンプロワーに訴える。
 「ここの担当の方は、ご自分のお役目のことを何もご存じないわ」
 皮下に木の破片がはいっている戦傷者が苦しんでいる。すぐに取り出すようバーバラはローリーに迫る。狼狽えるばかりの彼に「あなたがしないなら、わたくしがします。しっかりなさい」と叱咤してホーンブロワーを焦らせる。
 こうしてふたりは惹かれ合って、宮崎アニメであれば「結婚しよう!」「アシタカがすきだ!」キャーで完になるのだが、オッサン向け銀英伝たる本作には続きがある。
 紆余曲折の末、ホーンブロワーとバーバラは晴れて夫婦になる。やがてナポレオン戦争が終わると夫婦間の甲斐性のバランスに亀裂が生じる。お役御免となったホーンブロワーはやることがなくなる。社交の才を買われたバーバラはウィーンで交渉中の兄に呼び出される。面白くないホーンブロワーは旅立つバーバラと喧嘩した挙句、母性全開愛人マーリーのもとへ遁走するのだった。