「第一話 夜霧の殺し節」『影同心』

最初に人間の不快がある。夜鷹は断られた客に悪態をつく。金貸しの菅井きん奉行所の門前で絶叫する。怠惰な渡瀬恒彦らは夜鷹殺しに関心を示さない。彼らをどうやって事件にのめり込ませるか。契機は偶然かつ効率的である。


渡瀬が質草を取り戻しにきん宅へ赴く。きんと夜鷹一家には交流があり、渡瀬は嘆く一家に遭遇する。この場面ひとつですべての人物の好悪が逆転する。夜鷹を持ち上げるのは踏み台ネタである。当人曰く、自分は諦めるが妹は綺麗なまま嫁にやりたい。渡瀬はこれに感激して質受けの金を遺族に渡し、受け手の好意を獲得する。きんは渡瀬の好意を賞賛し借金を反故にして、これまた好意を上げる。


渡瀬と受け手が事件にのめり込むきっかけはこれで十分だろう。あとは金子信雄らをどう巻き込むか。渡瀬が下手人を突き止めても、正体は成田三樹夫である。出世頭の三樹夫はお奉行の田村高廣に圧力かける。指揮権発動で三樹夫には手が出せず渡瀬は落ち込む。金子らは渡瀬を嗤う。


しかしここにひとつスリラーが仕込まれる。指揮権発動する田村の演技もそれを捕捉するカメラも含みがありすぎる。お奉行は味方かもしれない。この余地がスリラーを生む。


野放しになった三樹夫は三樹夫だから三樹夫性赴くままに殺戮を繰り広げ、死体の山とともに事件は社会化する。三樹夫を始末できなかった制度が報復される浄化がある。


金子らは死体の山を前にして呆然と立ち尽くす。言葉ではない。そのアップショットこそが、彼らの当事者感覚を担保するのである。


お奉行は味方かどうかスリラーの答え合わせも何気なく、受け手のリテラシーに挑戦している。お奉行は廊下に紙片を落とし、後からやってきた金子はその紙片を拾う。彼は紙片に「狩」の字を認める。それだけである。それだけで奉行所の非公然暗殺部隊の存在が明らかになる。何気ないからこそ浄化があるのだ。