マイクル・ビショップ『時の他に敵なし』

時の他に敵なし (竹書房文庫 び 3-1)卑近の課題で場を持たせる手管は機能している。関連しない状況にモチーフを共有させる手管も認められる。序盤を持たせるのはスペインの貧民街のサバイブ劇である。この手の卑近の課題は石器時代編の大半を支配する。乾期に貧窮させることで石器人類の群れにハードル走をやらせる。そもそも最初の場面で主人公男がやっているのはサバイバル研修である。


互いに関連がないスペイン編と北米編もモチーフだけは共有する。スペイン編の短期目標としてのサバイブは階級脱出という長期目標の下にある。北米編ではこのモチーフがホワイトトラッシュの父の形で具体化し、主人公男の人生を動機づける。父は人生に失敗してしまった。自分はここから脱しなければならない。


脱した先が石器時代であり、そこで階級脱出が個人の課題に留まらなくなり社会化する。環境の変動に追い立てられる境遇から人類はいかに脱するか、という文明化が問われ始める。


主人公男は過去民のなかに毛色の違うヒロインを認める。石器時代のハードル走が他の人間とは異なるヒロインが機能性を発揮する場面を作る。機能性がヒロインをヒロインに値させ、ここにいてはいけない人間という階級脱出劇の発端を誕生させる。


石器時代編と現代編は互いに関連のないまま並走する。いちおう主人公男がスペイン母と間接的に再会することで、ふたつの話が何事かに回収された感はでる。あくまで何事かなのだが。個人的な課題の社会化もSFらしい精緻さはなく、あくまで緩くモチーフで重なるのみであり、SFを読んだという感じはない。