倫理感の水準

えの素(1) (モーニングコミックス)
冒頭がみちろう視点なのは少々イレギュラーであり、郷介に好意的なみちろうにも違和感がある(「その10ヤングメモリー」『えの素』)。父の卒業アルバムに若き郷介を見出した彼はその外貌を賞賛しつつ、現在の弛んだ郷介に激怒し、その肉体改造を試みる。明日、郷介のクラス会があるのだ。


冒頭の筋には不快がない。みちろうと郷介の利害が一致している。みちろうは郷介の男前を上げさせたい。郷介もみちろうの意見を諾している。ところが、みちろうが呼んだカツラ屋がトラブルを招き、両者の利害がズレ始める。人面カツラは郷介の日常生活を侵す。郷介は助けを乞うもみちろうは冷淡である。冒頭では郷介にもみちろうにも好意に欠けるところはなかった。ゆえに郷介の境遇は同情に値し、それに冷淡なみちろうに対する好意が下がる。

人面カツラの悪さは亢進し、みちろうの感情までも侵してしまう。みちろうに事を解決する動機が生じ、再び親子の利害が一致する。この時点で、憎悪を一手に引き受けるのはカツラである。そのサブユニットが一体ずつみちろうの手にかかる様には懲悪の含みがある。


カツラたちは一転して慈悲を乞い始める。カツラたちの境遇が哀れになり、憎悪が好意に転換する。事切れたカツラたちの安らいだ顔がいい。親子もかつらに同情して慈悲を垂れる。ここで三者とも好意の対象になり不快は消失する。「いい女をゲットしろよ」とみちろうは父とカツラを送り出す。この回のみちろうは恋路を邪魔しないのである。

結末は悲劇である。好意と連帯は罪を隠ぺいしていた。かつらのサブユニットを殺戮してきた罪である。悲劇によって作者の倫理コードの存在が露わになる。生き残ったカツラは醜女に驚愕し、女はカツラの反応に驚愕し、カツラに手を下す。しくじったカツラにはもはや憎悪をもたらす力に欠ける。悪意ではなく恐怖の反応であり、事態は不可抗力に見える。郷介は事故に巻き込まれたかのようだ。


白骨化したカツラ分子たちが事の無念を訴える。三者の利害一致が殺戮という強権によって保たれていた。白骨はそれを告発している。