未来の耐えられない重さ

The Sleepwalkers: How Europe Went to War in 1914 (English Edition)Arms and Influence: With a New Preface and Afterword (The Henry L. Stimson Lectures Series) (English Edition)


offensive school のジョゼフ・ジョフルが1911年に参謀総長に就任する。そこで出てきたのがドイツに対する先制攻撃案。劣勢をオフセットするには先攻するしかないとジョフルは考える。予防攻撃案にはひとつの問題があった。ベルギーの中立を侵しその平野部を通過してドイツ領を襲わないと意味がない。しかし、ベルギーの中立を破るとイギリスの来援が不確実になる。


戦略はふたつある。先攻か後攻か。イギリスの来援についていえば、先攻すれば不確実になる。後攻だと来援は確実視される。先攻してかつ来援があれば利得は最大になる。先攻かつ来援無しと後攻かつ来援有りのどちらが利得があるのか、これは明瞭ではない。


オーストリアとの開戦に当たってロシアは総動員のジレンマに直面した。部分動員でいくか総動員するか。万全を期すなら総動員をかけたい。しかし総動員はドイツを刺戟して開戦を招くおそれがある。部分動員にしても、刺戟はない代わりにドイツに対して側面ががら空きになってしまい、やはり参戦を誘発しかねない。線路の関係で部分動員をやってしまうと後で総動員には切り替えられない。


戦略はふたつ。部分動員か総動員か。利得が最大になるのは総動員してかつドイツが参戦しないケースである。部分動員でドイツが開戦してくると最悪になる。


学生の時分、アメリカの選挙制度が専門の先生が授業で嘆じたことがあった。


「英蘭だけに宣戦すればよかったんじゃないか?」


アメリカの選挙民の厭戦気分に言及しての指摘だったが、実際にはアメリカの先制攻撃すら恐れていた始末であり、米と英蘭が分離するとは当時の日本側には考えられない。


英蘭だけの宣戦案を含めた場合、選択肢は当然ふたつになる。真珠湾を襲わずに南進するか否か。真珠湾を襲わずに南進してかつ米が参戦してこないと利得は最大である。最悪の事態は真珠湾を襲わずに南進して米が参戦してくるケース。真珠湾を襲う場合、米は必ず参戦するが戦力は削がれている。


現実ではロシアは総動員をかけドイツの開戦を招いた。日本は真珠湾を襲う選択をした。いずれもマクシミンに準ずる原理に基づいて挙動したと思われる。ただ、意思決定者の主観をより文芸的に解釈すると未来の見えない気持ち悪さが見えてくる。


フランスが予防攻撃を行えば未来は確定しなくなる。英の来援は不明になる。しかし後攻では未来が確定している。英は来援する。


総動員がドイツの開戦を誘発するとロシアが正しく確実視するならば、部分動員と総動員の対比も同じ構図になる。部分動員すれば未来は確定しなくなる。ドイツが開戦するか否かわからない。総動員には未来のブレがない。ドイツは参戦するはずである。


真珠湾を襲わずに南進すれば未来がわからなくなる。米は参戦するかもしれない。しないかもしれない。真珠湾を襲えば少なくともこれに迷うことはなくなる。


予見不能な領域には政治が対応する。予見可能ならば行政が生じる。このふたつはしばしば誤用される。予見可能な領域に政治が生じ、予見不能な事象に行政が対応しようとする。行政というロジ担的世界観にとっては、ドイツの動員を誘発するリスクや米の参戦よりも不確定の未来が耐えられない。動員計画を立てようがない。かくして答えのない領域に生じた行政は政治現象を予見可能化する。政治を行政化して事を答えのある技術的課題に落とし込むのである。