ポリスは文明崩壊のカオスに際して誕生した共同で防衛にあたる仕組みであり、その成員はみな兵役の義務を負う。もともと王権から貴族制に移行して成立した経緯から、ポリスでは王権はタブーである。王権のほかに官僚制を造営できる仕組みが知られていない当時、ポリスの行政は無給のアマチュアに担われ、兵士の武器を支弁できる安定した財政基盤を欠いた。ポリスの国防力は市民の経済力に依存し、武器を自弁できる経済力を成員に保証できなくなればポリスは存続の危機に陥った。
ポリスの発明がもたらした秩序は人口を増やし、各ポリスは耕地に不足した。ヘレネス社会は分業による生産性の上昇で耕地不足に対応した。各ポリスはオリーブ油やぶどう酒等の商品作物の栽培に特化し、それらと引き換えに穀物を輸入した。
人口問題に他のポリスでは見られない特異なアプローチで挑んだのがスパルタである。スパルタ人は交易による人口問題の解決がポリスの国是である自由農民の保全を脅かすと考え、ヘレネス世界の交易秩序よりスパルタを切り離し逆に鎖国した。自給自足を捨て交易を前提としたモノカルチャーに走れば、農民の生活が商品価格に左右される。価格が暴落すれば生活が成り立たなくなる。スパルタ人は経済活動そのものを憎み貨幣の使用を制限した。交易によって盛んになった経済活動は富裕市民を生む一方で、市場変動によって没落し土地を手放す農民が出てくる。土地の集積は平等者前提とする安全保障の仕組みを脅かす。
恐るべき分業が人口問題の解決と鎖国を両立させた。スパルタは隣国メッセニアを征服し、その沃野から食糧を自給した。メッセニアの住民は奴隷として農業に特化し土地の生産性を上げ、農作業から解放されたスパルタ人は兵士に特化して国防力の生産性を上げた。彼らは7歳になれば親もとを離れ、18歳まで国家の手によって将来の国防の担い手としての訓練が施された。少年たちは個々の家の子どもでなくスパルタ市民団全体の子として遇された。
スパルタ人が恐れたように交易は歩兵の重責を担う自由農民の没落を招き、各ポリスは国防力を低下させた。困窮したアテネの中小農民は借財によって富裕者に隷属し、利息である収穫の6分の1を支払わなければ奴隷に転落した。交易による人口問題の解決が新たな社会問題を引き起こし、負債の帳消しと土地の再配分による自由農民の復活が課題となった。
ソロンの改革は中小農民の借財を解消し彼らを身分的隷属から解放したが土地の再配分は実行できず、解放後のアメリカ南部の奴隷のような境遇に農民をとどめ社会的混乱はつづいた。
交易によって重装歩兵とともに海軍が国防を担うようになれば、漕手である下級市民の働きが戦いの趨勢を決めるようになり、彼らの利害も政治を左右するようになった。
小作農を放置したまま普通選挙権をアンロックすれば帝国主義が加速する。無産市民の利害に呼応するアテネの民主制が土地を彼らに再配分できないのであれば、土地は海外に求めねばならなくなる。アテネは好戦主義に憑かれ帝国化した。デロス同盟加盟市の領域を一部切りとり、そこにアテネ市民を屯田兵として入植させた。スパルタとの講和は下級市民の利害とぶつかり流れた。入植地の獲得を期待する下級市民は戦争継続を望み、戦時に臨時財産税や三段撓船の艤装費用を負担した富裕市民の方に講和へのインセンティヴがあった。
人口問題と国防のジレンマを解決できなかったアテネは、鎖国によってそれに対応したスパルタに敗北した。ところが、ペロポネソス戦争の勝利によってヘレネスの国際秩序に関与を強いられたスパルタ人は、戦後ギリシア各地で貨幣経済の風にふれたために、極度に封鎖的なスパルタ社会を免疫性の乏しさからかえって急速に崩落させた。
国家の強い規制のもとにあった土地は売買の対象となり、スパルタ国家の中核をなす平等者の経済的基盤がゆらぎ始め、4世紀後半にもなると貧富の差が増大し、少数者への土地集中が顕著となった。負債帳消しと土地再分配の試みは内外における富裕者たちの強固な壁に遮られ挫折した。
政体の危機に際して帝国主義以外に解決策を見出せなかったポリス社会は騒乱に明け暮れ消耗し、最終的に北方のマケドニアに席巻を許した。マケドニアの王権に造営された官僚制にポリスのアマチュア行政は敗北したのである。