仮文芸

現代邦画・SF・経済史

世界蛇の革命

世界の大思想〈34〉トインビー ハンニバルの遺産都市国家は基本的に外征戦争ができない政体である。自営農民が市民兵となって軍事力を供給するために、彼らを長期間拘束する戦争は困難になる。


イタリア半島が統一された前266年までに地中海世界の列強は職業的文官に支えられた独裁制を採用し、職業軍隊を運用していた。都市国家固執したのはローマだけだった。経済の面でもローマの伝統的な自給農業は、換金作物農業に転換した地中海社会にあっては時代錯誤だった。ポエニ戦争ペロポネソス戦争のように自給鎖国体制(ローマ・スパルタ)と換金作物農業の分業交易体制(カルタゴアテネ)の抗争とみなせる。両戦争は同じ経過をたどり自給経済体制の勝利で終わったのだが、戦争の過程で自給経済は荒廃した。ローマでは長い軍役で農民兵は土地の管理ができなくなり、都市国家は政体の限界に直面した。私の仕事をして生計を立てる必要性から市民兵を解放しなければ、都市国家は長い戦争に耐えられない。スパルタ市民兵は征服した隣国の農民を奴隷化し、その生産物によって支えられた。アテネの市民水兵は事実上の従属国であった諸都市から徴収した貢納金によって賄われた。


イタリア半島が統一されて間もなく、ローマはカルタゴとの戦争に突入した。戦争は、小家族単位で自家消費の生産を営む伝統的な農業経済を破壊した。重い軍役の結果、土地を維持できなくなった農民たちは資本家に所有地を売り渡した。集積された土地は換金作物農場に転換された。


換金作物農場は伝統的な小規模自給農業と両立しない。農場は、専従の労働者がいなければ、利潤の前提となる厳格な経営管理を達成できない。都市国家において軍役でいつ何時動員されるかわからない土地所有民は農場経営には適しない。ポエニ戦争後のイタリアにおいて専従労働を確保するための唯一の方策は奴隷の使用であった。ポエニ戦争とそれを補足する諸戦争は、地中海の全域で以前の自由人を大量に奴隷身分に落としたため、奴隷は安価であった。


土地所有市民の減少で戦争後、対外政策の実行に必要な軍事力の徴集が困難になってきた。土地を失ったプロレタリアに再び土地を割り当て農民兵を増やす施策が、貴族と平民に共通する利害となった。ところが、ここで都市国家の持続不能性が露見する。半島の土地を追われた農民たちはローマが征服した土地を償いとして与えられ、小規模の混合農業で自家消費のための生産を再開したが、農民に軍役を課す限り土地の割り当ては無駄になる。軍役のためにやがて割り当て地も維持できなくなり、土地は資本家に売り渡され換金作物農場となり、農民はプロレタリアに戻り市民兵の資格を失う。たえず土地を征服してそれを農民に割り当てる運動を続けなければ、農民兵の規模を維持できなくなる。この運動には終わりがなく、それどころかますます軍役を重くして加速する。


職業軍隊の導入が解である。農民を軍役から解放すれば悪循環は断たれるだろう。しかし、都市国家の政体に固執する限り職業軍隊は営めない。行政に専従する文官団に支えられた独裁制以外に、職業軍隊を養いうる政体は当時は存在していない。大陸の東端では100年以上前に秦が封建体制を職業的文官団に置き換え、地方公国を世界国家に変えた。大陸西端では都市国家の貴族たちは独裁者の出現を恐れ体制変更を拒んだ。何よりもローマを強国に押し上げた市民兵の戦闘力は神聖視され、それを捨てる勇気を誰も持たなかった。


専従文官を拒む都市国家は市民兵の動員力を犠牲にして版図を拡大する矛盾した運動を行う。都市国家のアマチュア行政は在職者の私財で賄われ、莫大な収入なしにはローマで政治活動はできない。行政領域が拡大すれば歳費も増大し、換金作物経済を採用しなければ政治に必要な収入が得られなくなる。版図の拡大にともない換金作物農場は市民兵の所有地を飲み込み、軍事力の徴集が困難になっていく。


ポエニ戦争は土地所有農民の選挙権を事実上消失させた。遠隔地に土地をあてがわれた市民は、ローマ市内で処理される公務にもはや参画できなくなった。ローマに長く足場を保持し政界で積極的な役割を果たせたのは、ごく少数の裕福者な限られた。


平民の貧困層が土地配分の代価として発言力を失ったために、彼らを軍役から解放する革命は一世紀にわたる内乱をともないながら緩慢に進行し、ついにアウグストゥスが前31年に完遂した。ローマは、独裁者が職業文官と職業軍隊を率いる王制に政体変更した。その過程で全地中海世界は荒廃し、人々の道徳観念は致命的に掘り崩された。


革命のあと、大農場が小規模農業を駆逐した地中海世界には美しい田園と都市が広がり、詩人の目をよろこばせた。それは「眺望はすべて心を楽しませるが、人間のみ邪悪な」風景であった。新しいイタリアは果樹と田園獲得者には天国、牛には気持のよい寝床であったが、立ちのかされた農民には煉獄、輸入奴隷には地獄であった。