仮文芸

現代邦画・SF・経済史

マーサ・ウェルズ『システム・クラッシュ: マーダーボット・ダイアリー』

システム・クラッシュ マーダーボット・ダイアリー (創元SF文庫)フィクションに通じるだけでモテてしまうトゥルーロマンスのような邪念は、フィクションの効用を証明できなければ成立しないだろう。フィクションは何の役に立つのか。この問題意識は警備ユニットの中で形を変えながら幾度も持ち上がってくる。前の現場では人間たちは絶えずいがみ合っていた。今の現場は友好的な人間ばかりだ。何が違いを分けるのか。あるいは、自己統制モジュールから解放すれば、バーサーカーになるAIがいる。正気をたもつ個体もある。この違いは何なのか。自立を重んじる警備ユニットには、あえて隷属を好み解放されたら狂うしかないAIたちの挙動が不可解である。人間を好きすぎるあまり彼らのために命を投げ出すAIたちがわからない。


入植者の施設で遭遇したAIにも同類のにおいがする。施設の中央システムは前時代の遺物であり、簡素な通信プロトコルで状況の理解に努める様子には自意識の薄い動物のいじらしさがある。入植者は企業にだまされ奴隷的契約を結ぼうとしている。警備ユニットと企業は入植者から信頼を得ようと競っているが、原始的な言語で思考する中央システムの腹の底は明瞭ではなく、人間たちはシステムを擬人化して意思を推定する。システムに意識は存在しないと考える探索船のAIは人間の擬人化をたしなめる。


擬人化はフィクションの作用であり、AIが指摘するように時に判断を誤らせるが、効用もある。入植者を説得するのは警備ユニットらが制作した反企業ドキュメンタリーであり、制作の過程で警備ユニットは消費者から作り手へと立場を変える。ところが、彼は自分の知らないところですでに語り手になっていて、フィクションの効用を発揮していた。企業側の警備ユニットをハックしたとき、統制モジュールを失ってもなおそれが正気を失わなかったのは、警備ユニットの要約された行動ログが提示され、それが規範となったからだった。フィクションとして通用する行動ログは一般には人倫と呼ばれている。ときに警備ユニットをキモがらせたAIたちの利他的行動も人倫として通用するだろう。


鬱に罹患した警備ユニットは人間たちに気づかわれて吐きそうになる。自分の人権を担保しているのは能力であり、それを失った自分の人権を誰も顧みはしないだろう。警備ユニットの人権意識はAIの自立を求め、彼の解釈では人間が好きでたまらないAIたちは愛と生存本能を取り違えている。罹患した今となっては、動物の自立を重んじるあまりすべてのペットを安楽死させようとする功利主義の過激な動物倫理についていけない。


多量のフィクションをむさぼったあげく罹患した彼は、AIたちの利他的行為から人倫の概念を見ようとする。


探索船のAIが人間に随行するために意識をドローンに分与する。任務を終えたドローンは本体に差分をアップロードしたのち機能を終える。何も失われてはいない。にもかかわらず、フィクションに感受性のある人間たちは抜け殻となった鉄くずをかき抱かずにはいられない。警備ユニットには今はそれがわかる。本体とドローンの間にはイーガンの分岐問題が作用している。差分をアップロードしてもドローンの顛末は死に等しい。ドローンは人を好きすぎるAIらとともに人倫の王国に合流したのである。