
男が直面しているのはやくざもののテンプレであり、スリラとなっているのは足を洗えるかどうかその可否である。彼は寄る年波に敗北しつつある。男の身を案じる恋人は足を洗うよう堅気の仕事を斡旋してくる。この状況設定のもとで男に警護の仕事が入り、マルタイがゴルゴの標的だとわかれば男の予後が暗くなる。受け手に男の身を案じさせる装置となるのは冒頭の夫婦善哉の幸福な情景なのだが、話の方は顛末でクロスジャンルして、天才と遭遇した凡人の身の置きようを問うテンプレに行きつく。ゴルゴとの遭遇がもたらした自信喪失は引退をうながす結果にはならなかった。分を知った男は現場で這いつくばる決意を固め引退を拒む。
「メイティング・マテリアル」(氷室勲脚本)の源流にあるのは「7号ステージ事件」(きむらはじめ脚本)である。両作とも末端の公安関係者がゴルゴと遭遇して身の程を知る話だ。フロリダにあるゴルゴのコテージが空き巣の被害にあう。被害届を出さない家主に部長刑事の男は不審を抱く。おまけに家の調度が不穏すぎる。家主がとんでもない犯罪者だと正しく推測した男は、その正体の詮索に熱中する。ゴルゴの平穏を乱そうとする点で男は受け手の反感を買いうる存在なのだが、彼の私生活に言及があると今度は「メイティング」と同様にゴルゴと遭遇しつつある男の身が案じられてくる。

男には若妻がある。夫婦関係は良好である。妻を考え現場を離れて管理職になれと上司は勧めてくる。足を洗えるか否かのテンプレがここでも成立していて、自分には及びもしない世界を知った男が諦念気味に日常に帰るオチも共通している。

諦念が日常を続ける決意に至らしめる機微を伝えるにあたり、メイティングは台詞に頼りがちであった。7号コテージは機微に直接触れないアイロニカルなアプローチでオチを作り読後感は明るい。
ゴルゴ13には7号ステージのほかにも彼の私邸が登場する話がある。メイティングと同時期に発表された「禍なすもの」(氷室勲脚本)である。KGBのエージェントが偶然ゴルゴの休暇を乱してしまう筋は、コテージの序盤でゴルゴの正体を詮索してヴィランと化する部長刑事をほぼ踏襲している。後続の2作品に分解されてリサイクルされたことは、同作のプロットの強度を例証するものだろう。
7号コテージとはちがい「禍なすもの」はヴィランがヴィランのまま終わってしまい、KGBの男は小型の原子炉とともに山荘の核シェルターに閉じ込められる。急性放射線障害で死につつある男によぎるのは自棄じみた達成感である。このオチの原型はおそらく「2万5千年の荒野」(きむらはじめ脚本)の原発技師であろう。