仮文芸

現代邦画・SF・経済史・オントロギア

ペン・シェパード『非在の街』

非在の街 (創元海外SF叢書)男には集団の崩壊を食いとめたい動機があった。研究方針をめぐる対立とメンバー同士の痴情のもつれがグループの結束を破壊しつつあった。共同研究の存続に執着する男の動機もまた痴情がらみである。好いた女は陰キャの自分ではなく陽キャの男と結ばれた。この悲恋は男を組織防衛に駆り立てた。グループの存続は彼女のそばにいられる理由になる。


貧困層のメンバーも集団の求心力となっていた。サバティカルに全財産をはたいて貸別荘を借り、共同研究を存続させようとする男の思い入れは不可解だ。業績の振わない男にとって共同研究には投資の意味合いがあったのだろう。他人の業績にただ乗りする後ろめたさからか、男はアカデミアで生計を立てる手段でしかなかった集団を疑似家族と見なすようになり、その存続にあり金をつぎ込んでしまう。


共同体が集団をむしばんでいる。


研究方針の対立に気を病んだ陽キャはメンターに助力を乞い、部外者の干渉を嫌う陰キャたちの防衛本能を無邪気に刺激する。陽キャは研究者としてとうぜんのことをしたにすぎない。もし彼が空気の読めない男に見えるのなら、それは共同体に汚染された証拠である。


組織防衛の前提はなぜ幻の集落の専有にかわったのか。集落が研究対象となり集団の求心力となれば、部外者に集落を知られてはならず、集落が載った地図はすべて回収されるべきだ。男が試みた組織防衛は自己破壊的に作動し、地図回収のためには犯罪を辞さなくなった男の狂気にみなドン引きして共同研究は破綻する。


もともと男を駆り立てたのはスケベであり懸想であった。組織防衛はスケベの手段にすぎないから、もし別の方法でスケベがかなうのなら、集団の存続は問われない。男の狂気は結果として地図回収に別の意味合いをもたらした。集めた地図は焼かれ集落へアプローチする手段は失われた。女は集落に閉じ込められてしまった。組織の遠心力となり女を遠ざける結果をもたらした地図回収は女と再会する手段へとすり替わり、男は最後の地図を探し回る。


もちろんこのロマンティックSFは危うい。再会できたところで「きもちわるい」で終わってしまう話である。男にとっては〝きもちわるい”からこそよけいにこじれる気分があったのではないか。


物語自体はロマンティックSFには深入りしない。男はあくまで世界支配に野望を遂げるべく凶行に走っていたと説明される。いつのまにか幻の集落は、地図が世界改変する機制を獲得できる場所になっている。


男の行動を合理化するために、男のほんらいの動機はおそらく自覚的に忘れられている。女との再会と世界改変がイコールになる理屈が無理筋に見えるのは合理化の副作用だろう。スケベ以外に行動の飛躍を埋められるものはないというのに。


女の遺児をよってたかって愛護するオッサンたちが気色わるくてしかたがない。なぜなのか。男が〝きもちわるい”のは仕事を性愛の手段にして組織と共同体を取り違えているからだ。共同体の効用を肯ずる構想でいくのなら、それこそ共同体は物語にたいして自己破壊的に作動するほかないのである。