創作小説

小説『美わしのアムール』(後篇)

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小説『美わしのアムール』(前篇)

小説『春の愉楽を抱きしめる(後篇)』

1 ブルージュのその地下部屋は一泊が100フランにも満たなかった。 階段を下りて扉を開くと、幅2メートルの部屋に机と衣装箪笥とベッドが詰め込まれている。入口から見て右手には洗面台。そこから壁に沿ってアームチェアと机と箪笥が並んでいる。シミの付いた…

小説『春の愉楽を抱きしめる(前篇)』

0 国境の丘に残置された童貞特殊部隊は、来寇した赤軍義勇兵に重囲され全滅の秋を迎えようとしていた。数日に渡る殺し合いの間、数百トンの鉄塊に耐えてきた掩蓋陣地が地鳴とともに陥没したのだった。陣地直下に掘削された坑道が爆破されたのである。 爆轟の…

小説『永遠のミドリ』

1 ミドリは少年のような女だった。 いや、少年という類型に入れ込むには少し含みがあるというか、あるいは陰湿な少年らしさというか、これでは矛盾めく聞こえるのだが。 豪奢な口をしていた。 不機嫌な顔をしている。 考え事をしながら流し目をやる癖があっ…

小説『メイデンフュレーの哀歌(後篇)』

登場人物 鎌倉仙太郎:男爵。退役恒星間戦略兵器。漁食家 松野栄太郎:立憲政友会院内総務。漁食家 岩崎弥助:男爵。憲政会のオーナー 一弥:岩崎の御曹司 ミハル:《クランツラー》の雛メイド ユキ:《リベルテ》のメイド 神宮寺:内務省警保局長 福田和夫…

小説『メイデンフュレーの哀歌(前篇)』

赤軍が国境を越えた明くる日、アリーナ・シェレストワは青年と最後の邂逅を遂げた。青年の求めに応じてかつての逢引の場を彼女は訪れたのだった。 最初は青年と刺し違えるつもりだった。 しかし、村外れのなだらかな野辺を歩いて行き、しじまの中に浮かぶ悄…

小説『星の丘を君と歩く』

登場人物 鎌倉仙太郎:男爵。退役恒星間戦略兵器。漁色家 前川侯爵:包茎 ミドリ:前川侯爵前令夫人 ユカリ:前川侯爵令嬢 氷室馨:黒岩剣術道場の天才美剣士 漆原葉月:新劇女優。帝国女優学校校長 伊原:都新聞記者 田無博士:帝大教授。肛門の世界的権威 …

小説『クレオパトラとロケット』

登場人物 鎌倉仙太郎:男爵、漁色家 前川侯爵:剣術道場誠心館主宰 リュシス:鎌倉の愛童 佐竹弘道:黒岩剣術道場助教 ユキ:西銀座リベルテのメイド 1 内藤新宿の前川侯爵邸で催された園遊会は、美剣士某の噂で華やいだ。東都剣術界の雄、黒岩道場に犯罪的…

小説 仙太郎 第三回

仙太郎が新橋の高架下を潜ろうとすると、その向こうに旧知の姿を認めた。詩人のナカムラ秀峰である。昨日の徹宵の飲で消耗著しかった仙太郎だったが、迎え酒のつもりで、半ば蛮勇を振るって、秀峰を風月に連れ込んだのだった。 「どうだ。もうそろそろ書けそ…

小説 仙太郎 第二回

ゴシマ男爵の使いで鎌倉を訪れた仙太郎は、半僧坊にあるオガサワラ伯爵の邸宅を訪ねた。男爵と伯爵はアニメ仲間だったから、用件が済むと自然、マク〇スΔの事に話題は及んだ。 「ゴシマ男はどうかね。やはりあの瀬戸麻〇美の、ツンツンしたのがええんか」 伯…

小説 仙太郎

日曜の午餐に招かれた仙太郎は方南町にあるゴシマ男爵の別邸を訪れた。先日落成した能楽師某の邸宅のことで話は盛り上がった。酔った男爵は羨望の声をあげるのだった。 「地下に能楽堂があるそうぢゃないか。まるで秘密基地だ。カッコいい」 「貴方も作った…

無題

失恋に対する教訓やオリエンテーションを芸術作品に求めるのはたやすい。失恋が創作の動機となるからだ。ところが、承認欲求の充足に挫折したとき、芸術はガイドとして役に立たなくなる。 チェーホフの『わびしい話』に、才能がなく女優になれなかったヒロイ…

無題

ラジオを流していると、アニメ声が聞えてくる。曲名を求めて目を上げると、Silent Siren - 女子高戦争とある。わたしは頭を抱える。アニメ声だったら何だってよいのだ。わたしの絶望をよそに、曲はサビに入る。 「あのイケメン講師を落としたい♪」 わたしは…

無題

先日、メルヴィル『サムライ』のサントラ盤を購入した。ついでに、その本編をいつ視聴したのか調べたところ、結果は意外だった。 オフラインで詳細な日記をわたしが記すようになったのは、2004年からである。それ以前の記録は、昔のブログに記された断片的な…

蒼白な混擬土の天球に座り、君は僕のことを嗤うだろう (4)

4.蒼白な混擬土の天球に座り、君は僕のことを嗤うだろう 陥落した丸窓から注がれる淡い彩光を頼りに、わが輩とアンドレイ・ワシーリイチは本庁舎の階段を上った。時折、眼下に見えるのは天井の落ちた跨線橋と灯火の絶えた地上ばかりだ。 先輩の劫火にこの地…

蒼白な混擬土の天球に座り、君は僕のことを嗤うだろう (3)

3. USS “ドロンパビル”の最期 高次射影の観測結果によれば、残存する“先輩”のテクニカルコアはおそらく5体。彼女たちは数を頼りに包囲を試みるだろうが、観測精度は“ドロンパビル”に分があったので、先制攻撃は高い確率で可能だったし、距離を保ちながら封鎖…

蒼白な混擬土の天球に座り、君は僕のことを嗤うだろう (2)

2.アンドレイ・ワシーリイチ・コスチュコーフ 聖マルタンの祝日はオナニィにもってこいの天気となった。 ということで、 軒先で物乞いをする学寮の給費生たちをひとしきり引っぱたきながら――時にはひっぱたかれたりもしたが――わが輩はジェベルムーサーの丘へ…

蒼白な混擬土の天球に座り、君は僕のことを嗤うだろう (1)

1.世有伯楽 久しぶりに電気街へ出たのだから、帰りはメイドカフェに寄って、雪をたらし込むことにした。当時この女は日比谷のリベルテを拠点に、あまたのご主人様へ奉仕の限りを尽くしていたのだ。丸の内三丁目という場所柄もあって、いったいどれほどのサラ…

私は、一度きりという不可逆のよろこびに、微笑した (4)

虚ろに閉塞した星のない空だった。幼女は、物言わぬ暗い海の前景をゆるやかな足取りで歩いていた。重く湿った風が微かな潮の香りを運んでいた。 消え入るような着信音の調べに、幼女は足をとどめた。砂地の柔らかい路に腰を下ろすと、遠い彼方から潮騒の響き…

私は、一度きりという不可逆のよろこびに、微笑した (3)

衰弱は緩慢に進んだ。近頃は昏睡することが多くなったように思う。幼女の毒は腹の中で意気揚々と代謝を続け、私を数日の内に滅ぼすことだろう。 戸外では春らしい細い雨が降っていた。時折、音楽療法のおぞましい歌声が硝子を越して耳に届いた。私は、特にわ…

私は、一度きりという不可逆のよろこびに、微笑した (2)

練馬区役所の壁面を風が渡り、先輩の長い髪は波紋のように舞った。漆黒のせえらあ服を身に纏うその形姿は寛容でいて、どことなく冷ややかだった。 「――こんど結婚するの」 先輩は振り返り、そして私のために少しだけ微笑んだ。 「ここは愛のない無感動な宇宙…

私は、一度きりという不可逆のよろこびに、微笑した (1)

幼女の爆弾で滅び去った街を抜け、幼女の毒で汚染された丘を歩いた。幼女の毒に冒された体は、鎮痛剤の悩ましい暖かさに浸り、足取りは浮遊するような軽やかさだ。 昨夜の雨に拭われた空は高く、慈愛の色を湛えながら、練馬の大根畑の鳶色をした土塊を照らし…

The Wayward Cloud (3)

3. 癲狂院の春 丘の中腹から見下ろす練馬大根の畑は、日にあたる黒猫の淫靡な照り返しのように、陽炎の中を穏やかに揺れていた。樫の木陰に集い、全てを諦め、柔和に笑う影絵のような人びとは互いに無関心で、ただ新鮮な大気と草の香りを物憂げに享受してい…

The Wayward Cloud (2)

2. マトリョーシカ人形 朝の斜光を浴びた冬枯れの往路は薄い水彩画のように褪色していた。消失点へ伸び行くアスファルトの起伏に女体のなだらかな線を感じた私は陶然として目を細めた。日に照らされた緑の街灯も私につかの間の安息を与えたようだったが、好…

The Wayward Cloud (1)

1. 姉と海へ行く 京葉線から望む矮小な海は、高気圧の庇護に気をよくしたのか、化学プラントの配管の向こうから輝度のある反射光を放ち、人びとの網膜を徒に挑発した。漆黒の波が寄せ帰る、カスパールの遣りすぎた宗教画のような曇天の海を望んだ私には当て…

別れたるメイドさんに送る手紙 (3)

4 まるで地獄の底から舞い降りたような美しき不徳のメイドよ。恋慕に狂い我が身を焼くのはもはや莫迦らしくなった。否、我が身はすでに焼き尽くされ灰燼に還ったかも知れない。お前のことなど早く忘れてしまえばよかったのだ。 それにしても我がメイドよ――未…

別れたるメイドさんに送る手紙 (2)

3 酒の席で高岡と隣になった自分は、これはまた厄介な奴と一緒になってしまった、また変な因縁でもつけられたら面倒だ、今夜はもう切り上げよう、と思い早々と席を立とうとしたのだが、彼の高らかな笑いは、まんまと自分を呼びとどめるほどに下劣なのであっ…

別れたるメイドさんに送る手紙 (1)

1生来、怠け者であった自分は、家計がよほど窮迫せねば売文に身を費やすこともなかった。たまにまとまった金が入っても銀座の高級メイドカフェに入り浸る始末であったから、専属メイドの雪が自分に愛想を尽かすのは当然だと思うし、その事で雪を恨んだりはし…