別れたるメイドさんに送る手紙 (1)

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生来、怠け者であった自分は、家計がよほど窮迫せねば売文に身を費やすこともなかった。たまにまとまった金が入っても銀座の高級メイドカフェに入り浸る始末であったから、専属メイドの雪が自分に愛想を尽かすのは当然だと思うし、その事で雪を恨んだりはしない。ただ、これほど立ち振る舞いの美しく気だてのよいメイドさんも稀なるものだから未練も大いにあって、今日明日にでも出てゆくと訴える雪に対して「まあ次に来てくれるメイドさんも決まってないことだし、そう急ぐこともない」と取り合わず、四畳半の書斎で頬杖をつきながらぼんやりと日々をやり過ごした。雪は毎日のように催促するのだが、怠け者で未練のある自分が新たなる専属メイドを探しに行くわけがなく、彼女はついに自分から後輩のメイドを連れてきて「この娘はどうかしら、貴男好みではないかしら」と要らぬ世話を焼き始めた。むろん自分にはそれが実に腹立たしく、晩にはついに口論となった。


「おまえ以外の専属メイドなど考えられない。諦めて一生専属しろ!」


「わたし、いつかきっとうまく行くだろうと我慢してきたけど、段々と解ってきたの。わたしがいけなかったの。わたしが甘やかすから、あなたはダメになってしまうの」


「おまえがいなくなったら、俺はもっとダメになるだろう」


「知りません。もう一生お会いしません」


翌朝、雪は出て行った。


2


独り身になった気安さもあったし、「おまえがいないとダメになる」と言った手前もあって、自分は以前にも増して放蕩にのめり込んだ。だが様々なメイドさんと戯れるほどに、雪の白くすらりとした頸筋、可憐でそのくせ気の強そうな口元、艶やかな長い黒髪、可愛いバラ色の指先などがまた思い出されるのだった。


『嗚呼、また雪に会いたい。今どこで何をしてるだろうか?』


雪はメイドさんとして生まれてきたような女だから、ご主人様に仕えぬ訳には行かない。しかし自分のような美男子で性格のたおやかなご主人様もまた世に稀だと思うから、再び人の専属になるのは難しいだろう。いずれしびれを切らして、何処かのメイドカフェへ出てくるに相違ない。もっともあの賢く神経質なメイドさんのことだから、易々と自分に見つかるような真似はするはずもなく、地方にある場末のメイドカフェに至るまで自分は網を張っていた積もりだったが、一向にそれらしき姿は現れない。自分の煩悶はいよいよ高まり、荒廃した四畳半の布団に潜っては、ご主人様を打ち棄てたメイドの薄情を恨んで咽び泣き、かと思うと、薄情もまたご主人様の人生を想う故のものかと思われてきて、その優しさに咽び泣いた。まあ、あの身持ちの堅いメイドさんは、たとえどこのメイドカフェに出たとしても、自分以外のご主人様に気を許さないだろうから、それが救いといえば救いか。だが薄情も優しさだとしたら、雪は自分を諦めさせるために、自分以外のご主人様に敢えて仕える暴挙に出ないとも限らない。もし自分にまだ未練のあることが知れてしまったら……それこそ大事に至らないか。自分は捜索の手をゆるめるべきか。しかしそうなると本当に一生会えなくなりそうだ。


自分はメイドカフェのルートを諦めて、藁をも掴む思いで、自分のブログにアクセスしてきた怪しげな串を一つ残らず人に洗わせ、ついにイスタンブルのメイド街と思わしきIPに雪の居所を確信し、涙をハラハラとこぼしながら床に突っ伏した。雪がついに見つかった悦びも大きいが、何よりも増して嬉しいのは、雪がこの哀れなるご主人様に、たとえ一片に過ぎないとしても、何らかの情を抱いて呉れていたことだった。(つづく)