2018-01-01から1年間の記事一覧

『続・男はつらいよ』

懸想の対象には恋人の影がある。しかし欲望がそれを曲解することで前兆は潜在化する。かくして恋は唐突に失われる。佐藤オリエに懸想した山崎努の動揺に言及があるのは序盤の一場面だけで、あとは後半までこのふたりのラインは潜在化する。その悲恋は寅を唐…

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 『あまたの星、宝冠のごとく』

自分の将来を予見することはできる。しかしそれは憑依のようなもので、我に返ると予見の内容が当人の記憶から消えてしまう(「もどれ、過去へもどれ」)。作中でも言及される通り、『スキャナー・ダークリー』のような肉体の記憶に依存する類型であって、忘…

『タクシー運転手 約束は海を越えて』

悲酸を盛り上げるための準備動作としてソン・ガンホのテンションを不自然にする本作の実利的態度は、タクシーのカーチェイスで極限に達してお笑いに接近する。公安のコワいオッサンの叙述も純ジャンルムービーそのものの通俗さで、作品に対してとるべき態度…

虚構に殉じる

Er ist wieder da は史実に準拠しない形でヒトラーの造形を設定している。ガレアッツォ・チャーノやゲッベルスの日記、あるいはヨアヒム・フェストの評伝で知ることができる史実のヒトラーは多動性障害の典型的な症例を呈していて、その印象は奇人というほか…

Chekhov, A. (1892). The Wife

村の飢饉に際した地主の男はその窮状を救うべく妻と知人に相談を持ちかけるが相手にされず、独りこじれる。妻と男の仲は冷え切っている。男には未練があるのだが、女は夫を憎悪している。夜、夫が自室で悶々としていると、階下から喧騒が聞えてくる。夫を放…

『復讐者に憐れみを』

職人の意気地がアマチュアを糾弾する。ペ・ドゥナを滅ぼしシン・ハギュンを捕獲するのはソン・ガンホの電気工学であり、同じくハギュンに一矢を報いるのは臓器業者のメスさばきである。しかし、彼らの意気地は反アマチュアにとどまらない。それは若者憎悪で…

『ヒメアノ〜ル』

男の甲斐性の裏付けなしに成立してしまった恋愛はつらい。それは実際に起こり得るのかもしれないが、やがて経済問題から佐津川愛美と濱田岳の間に拗れが生じるのは目に見えている。ふたりの幸福の危機から生じるはずのスリラーは、どうせ壊れる幸福であるか…

『君の膵臓をたべたい』

浜辺美波の演ずる痴性はエイリアンめいている。挙動は商売女の媚態そのものだ。加えて、不自然なるその身体に乗っかっているのが年齢不詳の顔貌である。この手の物語の様式に基づけば当然、かかる態度は作り込みの証左であって、偽装の下にあるヒロインの実…

『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』

これから起こることを知りそれを克明に再現しようとする不可解な癖が小松菜奈にはある。事実上の原案である『時尼に関する覚え書』との差異のひとつがそれで、福士蒼汰もこの癖には混乱してしまう。既知のことが実際に現前するよろこび、つまり宿命を知るよ…

Greene, J Moral Tribes: Emotion, Reason and the Gap Between Us and Them

いくつかのトロッコ問題のうちでも、殊に被験者の多くにとって容認できないケースがある。1名を線路上に突き落として暴走するトロッコにぶつければ、トロッコは停止して5名の保線作業員が助かるとする。この場合、突き落として5名を救う決断をするものは3割…

『永い言い訳』

作家であるモックンがトラック運転手の竹原ピストルと遭遇することで階級間交流が始まる。階級の媒介物となるのは竹原の息子である。私立を目指し受験勉強している彼は両義的な位置づけにあるのだが、階級を媒介するにも関わらず、逆にモチーフの対立点とな…

銀河帝国のドレスコード 『銀河英雄伝説 Die Neue These』

戦前の宮中のドレスコードは、同じ宮中であっても表御座所と御内儀を往来するたびに天皇に着替えを要請する。明治期の場合、表御座所では軍服を着用し御内儀ではフロックコートになる。大正と昭和戦前期では、表御座所では軍服だが御内儀ではスーツになる。1…

第17話 「making the dream」『アイドリッシュセブン』

新人賞を獲得したアイドルたちが舞台で祝福を受けている。舞台袖からその模様を観察していたマネージャーの紡が感極まる。これが紡の最後の登場カットである。歓声にかき消されるように彼女の嗚咽は聴こえない。歓声の渦に圧され消え入りそうな、置き去りに…

チャールズ・ストロス 『アッチェレランド』

複数の自分のコピーに人生を送らせ淘汰を試みる事業が作中に出てくる。人生の正しい選択を見出す手立てなのだが、そこにおいて各コピーの人権問題が提議されることはない。ゆえに、自分をコピーして分岐させる決断はカジュアルに行われる。劇中人物はバック…

『神様の思し召し』

明瞭な選択肢が劇中に現れた時点で負けになってしまう可能性がある。結末が予想を超えない恐れが出てきてしまう。たとえば『地球を守れ』('03)だ。その主人公は宇宙人が襲来すると警鐘を鳴らし続け周囲から狂人扱いされる。結末はふたつしかないだろう。男は…

業田良家 「ペットロボ」『機械仕掛けの愛』

観測者が匿名でなければ尽力は実効的にならない*1。見られた瞬間に、尽力の実施者にも観測者にも下心が生じかねない。観測者は他人の善行を観測しておきながら、自らの観測に気がついてはならないのである。観測しているのはあくまで無意識であり、観測者に…

三島由紀夫 『宴のあと』

恋愛であれ何であれ、自意識の混迷は行動を躊躇させる。自意識の暴走は抑止されねばならぬが、自意識を欠いてなお人は人であり続けられるのか。出てくるのは無意識の制御という逆説の課題であり*1、形式への依存が回答のひとつとなるだろう。形式が人を運ぶ…

第12話「宇宙よりも遠い場所」『宇宙よりも遠い場所』

恋慕の未練を断つためには、求愛の対象にはっきりと拒絶されねばならない。しかし、求愛の対象が失われている状況では拒絶を被る手法が使えず、未練の苦しみから如何に脱するか、その手法を探求せねばならなくなる*1。『秒速』と『よりもい』が共通して設定…

第9話「南極恋物語(ブリザード編)」『宇宙よりも遠い場所』

不可解な箇所はふたつある。いずれにおいても、紅旗征戎に直接には触れたがらない深夜アニメにしては生々しい話題が唐突に挿入される。不利な観測ルートを割り当てられた敗戦国の悲哀が回想されるのだ。 わたしにはこの唐突さに思い当たるものがあった。小津…

The Ciano Diaries 1939 - 1943

深尾須磨子の日記によると、彼女がムッソリーニに面会したのは1939.6.2である。ムッソリーニの信奉者である深尾は感激もひとしおなのだが、会談の最後にはムッソリーニの様子に違和感を覚える。「ム首相の私をぢっと視つめられる眼には寂しげな影が窺はれた…

『四月は君の嘘』

あくまで山崎賢人が事件を目撃する体裁は保たれるべきで、広瀬すずは観察対象であらねばならない。すずは隠し事をしていて、その発覚がオチとなるからだ。しかし男の視点であるならば、当然、彼の抱えている課題に物語は傾注する訳で、すずは課題解決の踏み…

高慢を超えて 『踊らん哉』

失恋をした男の顔を如実にトレスすることで『秒速』のタカキが嫌な共感をもたらすように、男の好意を察知した女の顔を忠実にトレスすることで『言の葉の庭』のユキノがこれもまた嫌な共感を喚起する*1。御苑のベンチでタカオの好意を悟った彼女は、自らの優…

匿名の観察者 『一週間フレンズ。』

設定の受容について語り手と受け手の間にすれ違いがある。おそらく語り手は解離性健忘を主題として軽視している。しかし、受け手としてはそれこそが叙述されるべきものと認識している。このすれ違いで設定の受容に困難が来す。とにかく不自然なのだ。こうい…