2019-01-01から1年間の記事一覧

おしんの非戦論と外貨の天井

おしんのパシフィズムとその裏返しである辛辣な国家観を評価するのはむつかしい。市場主義者おしんにとって近代国家は商売の邪魔にしか見えない。統制経済下で彼女の魚屋は配給所でしかなくなり廃業を強いられたのだった。 国が市場を損なったと難じるおしん…

『サマータイムマシン・ブルース』(2009)

この映画の醸すセクシャリティは曰く言い難い。舞台原作であるから、ただでさえ舞台調の現代邦画ジャンル物演技がとどまるところを知らず、躁々としたその芝居は薄弱の人々を思わせる。しかし樹里と真木よう子は冷めていて舞台調の芝居をやらない。男優たち…

器質としての宿命

『砂の器』のリメイクがまことにうまくいかない。本家が達成した宿命の感じがリメイクの諸作あっては薄くなっている。加藤嘉にとってハンセン病は自分の責任ではなかった。つまり『砂の器』は責任のない事態への対峙を宿命と定義している。渡辺謙の2004年版…

守れなかった

ニューシネマの挫折感がすきだ。殊に『いちご白書』のそれがたまらんのであるが、しかし不思議なのである。『白書』は学生運動が頓挫する話であり、講堂に立てこもった学生たちが警官隊に排除されて終わる。特に人死にが出るわけもなく、ニューシネマ基準か…

才能の調整弁 『おしん試練編』

『おしん』試練編の前半はロバート・オウエンの自叙伝が下敷きになっているのではないか。10歳で生地商へ奉公に出たオウエンは17歳になると紡績工場を経営するようになり、そこで労働環境の様々な改善に取り組んだ。 おしん試練編前半の舞台はWWI後から関東…

石神井川を遡上する

5年前の春に石神井川の河口まで散歩したことがあった。河口といっても隅田川と合流して消滅するのだが。 河口まで歩いてみると、逆に遡上して水源に到達したい欲望が昂じてきた。これは長年果たせないままになっていたが、先日、時間が出来た折に決行した。 …

アリアンナがかわいい 『ソーサリー』

アリアンナは頭のおかしな美女である。その家を訪ねると、檻に監禁された彼女から「エイルヴィン族に悪戯された、出してくれ」と乞われる。出してやるとお礼をくれるが、家を出ようとすると魔法で襲撃してくる、曰く 「アリアンナは、闘わずして大切なものを…

『さよならくちびる』 (2019)

小松菜奈に求められると成田凌がヒューモラスな反応を来す。成田の反応には、われわれがギャルゲ主人公に覚える様な離人感がよく出ている。ギャルゲ主人公はわたしであるはずだ。しかしこんなかっこいい男わたしではない。 『さよならくちびる』では成田凌=…

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ 『アメリカーナ』

キャラに対する好悪を利用して受け手の感情を誘導して物語設計を期するとなれば、キャラの定型化に容赦がなくなるのは自然である。本書の基底にあるのは専門職の世界観であり、これが宗教に頼る人々を嫌悪する。ヒロインの母親は効能を求めて宗旨を頻繁に替…

孤悲する倒叙 『言の葉の庭』

男女の成熟差を課題にした点で、『言の葉』は『秒速』の「桜花抄」を継承している。「桜花抄」のタカキ君は明里を諦めようとしたができなかった。しかし明里は揺らがない。この恋は叶わないと認識している。 ユキノも同様である。タカオとの関係をこれ以上進…

ファミコンウォーズ(FC)のオニギリジマ

オニギリジマは3面に出てくる序盤マップであるが、最終マップより手こずったと評する人がいるほど難解であり、ゆえに奥深いマップでもある。 オニギリジマは群島であり、敵陣とは海で隔てられている。艦船は使えず、ヘリで歩兵を送り込む以外に敵島を占領す…

『ジョーカー』(2019) Joker

ホアキンが深夜映画を見ている場面がある。流れているのはフレッド・アステアの Shall We Dance である。アステアのミュージカルでもっとも好きな話だからこれには目を惹かれたのだが、劇中でアステアを挿入した語り手の自意識は検討されていい。 アステアの…

クラスメイトBさんに頼みごとをされた話

午睡中、高校生になっていたわたしはクラスメイトBさんに頼みごとをされた。家に来て本棚の組み立てを手伝ってほしいと乞われた。 彼女はわたしの隣に座ると、わたしの膝に手を置き、家の場所を教えるべくグーグルマップを開いた。「手をどけて呉れ給え」と…

小説『メイデンフュレーの哀歌(後篇)』

登場人物 鎌倉仙太郎:男爵。退役恒星間戦略兵器。漁食家 松野栄太郎:立憲政友会院内総務。漁食家 岩崎弥助:男爵。憲政会のオーナー 一弥:岩崎の御曹司 ミハル:《クランツラー》の雛メイド ユキ:《リベルテ》のメイド 神宮寺:内務省警保局長 福田和夫…

小説『メイデンフュレーの哀歌(前篇)』

赤軍が国境を越えた明くる日、アリーナ・シェレストワは青年と最後の邂逅を遂げた。青年の求めに応じてかつての逢引の場を彼女は訪れたのだった。 最初は青年と刺し違えるつもりだった。 しかし、村外れのなだらかな野辺を歩いて行き、しじまの中に浮かぶ悄…

ボーバクたる時を超えて 『秒速5センチメートル』

明里にどうしたら追いつけるのか。秒速でタカキ君に与えられた課題である。つまり、明里の方が先に進んでいるのだが、如何なる意味において彼女はそうなのか。先回議論したように、明里はタカキ君と訣別することができた。この遠距離恋愛は不可能だと正しく…

告別の旅 『秒速5センチメートル』

秒速には『トト・ザ・ヒーロー』の影響が認められると指摘した。その際、篠原美香との破局の後に新海誠をアレを見たとなると相当効くものがあろうと空想したが、先日、久しぶりに『ほしのこえ』を見返したらトトから引用したと思われるモチーフがすでに登場…

Chekhov, A. (1888). The Bear

一幕物の喜劇である。 地主の未亡人が良人の死を悼むあまり引き籠っている。もう一生外に出ない、誰にも会わないという。そこに闖入者が現れる。男は亡夫の知人である。夫は男に借金をしていて、その返済を求めて彼は訪ねてきたのだった。 女は不快である。…

『横道世之介』(2013)

『ほしのこえ』は驚嘆すべき物語である。リリース当時とは全く異なる意味合いでわたしたちの涙腺を揺さぶってくる。 本来は結末がぼかされた話だった。ミカコとノボルの顛末は、幾分かの希望を交えながらも、作中では明らかにされなかった。ところが、今日の…

徳が凡人を追い詰める 『刺客列伝』

英雄伝に出てくる小カトーの言動は、プルタルコス当人がマンガのような人生と評するように、徳高いというよりも基地外じみていてドン引きする。むしろカトーのサイコの様な徳高さについていけなくて泣き言を漏らしてしまう周囲の人々がコミカルですきだ。 同…

『くちびるに歌を』(2015)

紛らわしいのだが、塩田明彦の小松菜奈ではなく2015年のガッキーの方である。ツンツンしたガッキーが音楽教師として赴任してくる。これが実に紋きりでけしからん。どうせこのツンツンが生徒との交流を通じて心開くのだろうと侮っていると、実際その通りにな…

未練と馴れ合う

『トト・ザ・ヒーロー』は『秒速』の構成や演出に大きな影響を与えたと考えられるが、同時に秒速を『トト』の結末に対する返歌だと見なすこともできる。 両作ともモチーフは男の未練であり、別れた女に呪縛された男が彷徨を重ねる。『トト』のラストパートは…

浄化の対象ではなくむしろ手段だった話 『おしん青春編』

第70回前後でおしんは田倉羅紗店に嫁ぐ。番頭格の源右衛門に取り入ろうと彼女は奮闘するが拒まれる。源右衛門は不満である。小作の娘では田倉の家と釣り合わない。 おしんと源右衛門の件の顛末は、水戸黄門の印籠のごとく予め受け手には判然としている。おし…

小説『星の丘を君と歩く』

登場人物 鎌倉仙太郎:男爵。退役恒星間戦略兵器。漁色家 前川侯爵:包茎 ミドリ:前川侯爵前令夫人 ユカリ:前川侯爵令嬢 氷室馨:黒岩剣術道場の天才美剣士 漆原葉月:新劇女優。帝国女優学校校長 伊原:都新聞記者 田無博士:帝大教授。肛門の世界的権威 …

凡庸なるストレス

『おしん』青春編はつらい。全編つらいのだが青春編のつらさは性質が異なる。おしんの成功に受け手の境遇が浮き彫りにされてつらくなってしまう。 髪結いの下働きを始めたおしんを師匠が贔屓する。おしんの才能を見抜きスピード出世させる。日本髪が廃れよう…

『クレヨンしんちゃん ガチンコ! 逆襲のロボとーちゃん』(2014)

理念を優先すれば筋が停滞しかねない。受け手の興味を惹くイベントが進行した結果、父権の凋落が明らかになるのではなく、凋落する父権を語るために資源が動員されている。この悪手はモチーフの構成にとどまらず、キャラクターの性格描画に費やされる場面ま…

フレデリカの野望

プラトンの対話篇でたとえばグラウコン兄弟あたりが「さすがです!」「ゼウスに誓ってそのとおりです!」と目をキラキラさせ始めると、彼らに乗せられたソクラテスが「いいかいユリアン」モードに移行することがしばしばある。対話劇の舞台は濃厚な少年愛社…

『幽霊刑事』(2001) 7號差館 / Nightmares in Precinct 7

『干物妹!うまるちゃん』の第8話はクリスマス話数である。 タイヘイに気長に惚れている叶はクリスマスに予定がなく荒れる。イブに叶は遊びに行かないかとタイヘイに誘われる。彼女は行きたくてたまらない。しかし誘いを断ってしまう。社長令嬢のセレブである…

小説『クレオパトラとロケット』

登場人物 鎌倉仙太郎:男爵、漁色家 前川侯爵:剣術道場誠心館主宰 リュシス:鎌倉の愛童 佐竹弘道:黒岩剣術道場助教 ユキ:西銀座リベルテのメイド 1 内藤新宿の前川侯爵邸で催された園遊会は、美剣士某の噂で華やいだ。東都剣術界の雄、黒岩道場に犯罪的…

村上篤直『評伝 小室直樹』

10歳の春。就寝中のわたしは死の恐怖に打ちのめされた。狼狽して廊下に飛び出たわたしに安らぎを与えたのは、そこにいた父の姿であった。わたしよりもよほど死期が近いはずの父が平然としている。その様子を見て安らいだのであった。 それから20年経ち、父は…