仮文芸

現代邦画とSFの感想

2023-01-01から1年間の記事一覧

碇ゲンドウ

わたしは三石琴乃を狂愛するがミサトさんは嫌いなので、彼女に尽くす日向マコトの趣味がわからない。わからないから『新極妻』の本田博太郎のように自分のナイト振りに酔ってると解したくなる。航空戦艦らしい屈折といえばいいか。 旧劇の人類補完計画で媚び…

ヘレニズム概観

ヘレニズムとは都市国家の体現した生活様式である。都市国家の生活に順応する者は誰であったにせよ、その素性と背景が何であったにせよ、ヘレーンとして受容された。へレーンは都市国家そのものを宗教として信奉した。 紀元前1100年頃、欧州大陸からエーゲ海…

『さよなら歌舞伎町』(2015)

勤務先のラブホでAVのロケがある。ピザを届けにいった部屋でメイク中だったのは妹だった。その晩、大森南朋が枕営業の女を連れてきた。同棲相手の前田敦子だった。 偶然を濫用してはばからないこの蛮力は何事であろうか。しかも染谷将太がAVに身売りした妹を…

『首』(2023)

プルタルコスにはギリシアの少年愛が理解しがたかったのだろう。対比列伝には違和感を抱えながらもそれを強いて理解しようとする痕跡が方々に見受けられる。ローマの時代には良家の子弟は固くガードされ、少年愛は専ら奴隷を対象とした。少年愛にとどまらず…

ヘンリー・カットナー『ロボットには尻尾がない』

発明家を振り回す無意識には二つの作用がある。 発明は常に無意識のなせる業である。気づいたら用途不詳のガジェットが目前に鎮座している。使い道を探るミステリーは自分の無意識と出会う話でもある。 無意識は発明者個人だけではなく、誤配の形で社会にも…

産業革命の条件

Allen(2009) の説では、高賃金と安い燃料の組み合わせが産業革命を引き起こす。不足する労働力を機械で置き換えようとするインセンティヴが生じるのである。石炭はブラタモリの範疇であるからここでは追わない。検討すべきは高賃金をもたらした人手不足の理…

『あちらにいる鬼』(2022)

あくまでテロップで60年代と言い張るのである。車窓を過ぎていくのは現代感丸出しの電柱である。トヨエツは嘆じずにはいられない。曰く、自分の居場所がわからない。三池映画のような無国籍の町に放り込まれたのだから、彼のIDクライシスは尤もである。ID危…

『ゴジラ-1.0』(2023)

怪獣映画の出ない怪獣映画作家としての黒沢清を再確認させられた。『カリスマ』(1999)と『スパイの妻』(2020)で役所広司と蒼井優は炎上する街を前にして怪獣と化した。『シン・ウルトラマン』には『散歩する侵略者』(2017)の気配が濃厚だった*1。『ゴジラ-1.…

エルヴェ ル・テリエ『異常【アノマリー】』

設定はループ・なろう物に準じている。3ヶ月後に飛ばされた人々が、3ヶ月後の自分と対面するのが筋である。未来に行くのだから‟なろう”にはならないはずだが、3ヶ月後の自分の視点に立てば、僅かばかりとはいえ未来を知っているために、3ヶ月過去の自分に助…

実存開明

どうも私には今の私が本当の私だとは思われない。私が私自身に至っていない気がする。しかし、なぜ私は私自身になりたがるのか。どうやったらそれになれるのか。そもそも私自身とは何か。 本当の私である私自身を目指す運動は、スコラ学者を煩わせた神学論争…

『すずめの戸締まり』(2022)

幼女が常世をさまよう冒頭は「コスモナウト」の援用だろう。コスモナウトの冒頭では、タカキ君が明里の幻とマヨイガでデートする様子が活写された。幼いすずめもマヨイガ酷似の曠野に迷い込んでいる。顔を上げるとその先には明里っぽい人影がある。わたしは…

『余命10年』(2022)

『ヤクザと家族』(2021)の舘ひろしは、ナメクジのような表情と声音の展性でオヤジのナルシシズムをねっとりと演じ、館内を爆笑の渦に叩き込んだものだった。しかし、後半で死病に至ってしまうと、ナルシシズムの粘着的な間の取り方が老人の生理とかみ合って…

貴志祐介 『新世界より』

瑕疵のある設定にはふたつの可能性を想定してよい。真正の瑕疵なのか。作り手は承知の上で瑕疵を設けたのか。 本作で問われるのは作り手の人権観である。 人間が巨大なネズミをエッセンシャルワーカーとして使役している。遺伝子を組み替えられたネズミの知…

ヘレニック社会とマルサスの限界

ヘレニック社会の拡大が始まるのが 800 BCE 以降である。従前のギリシア諸国民はそれぞれの領土内で国内消費用の作物を生産していた。この自給自足モデルを脅かしたのが増加の一途をたどるへレスの人口である。諸国はそれぞれ異なった方法で食糧難に対応した…

トインビーのインテリ観

インテリゲンツィアと呼ばれる社会階級は文明の遭遇によって創造される。威圧を受けた社会が攻撃者の文明を受容して生き残りを図る際に、インテリゲンツィアは彼我の橋渡しをするために誕生する。彼らは、侵入してきた文明の遣り口を習得する一種の連絡士官…

オクテイヴィア・E・バトラー 『血を分けた子ども』

状況がわからない。少年の家族とメスのエイリアンが数十年に渡り交流している。異星人は少年の健康にやたらと気をやる。少年にベタベタする彼女は母の警戒を呼んでいる。パターナルな異星人の印象はよろしくない。 世界観はイシグロの『わたしを離さないで』…

一般意志

ハンターはクマをOSO18と知らずに駆除したとみられる。OSO18は標茶町や厚岸町などで2019年から少なくとも牛66頭を襲ったとされています。 【速報】OSO18駆除と判明 釧路町でハンター駆除のクマ DNA鑑定で特定 知らずに駆除か - ライブドアニュース …

正統性を調達する

前近代のイスラム社会では法曹が行政に参与した。裁判官と民生委員を兼ね、徴税をして公共工事を監督した。開戦するとき、前例のない政策をおこなうとき、いかなる行為がイスラミックなのか、カリフは法曹に相談した。 行政に関与する法曹はアメリカの弁護士…

『ハッピー・デス・デイ』 Happy Death Day (2017)

共感のためにまず誰かを憎まなければならない。キャンパスを割拠する諸文化圏はことごとく揶揄の対象だが、憎悪の中心にあるのは全てを見下すソロリティであり、そこに属するヒロイン自身である。しかしこのアバズレはヒロインであり、憎むわけにはいかない…

アンドレアス・エシュバッハ『NSA』

英語圏の歴史改変SFと比較すれば、ドイツ社会を叙述するにあたり援用される知見の質に大きな違いがある。ヒトラーの出番は一場面にすぎないが、その言動は伝記を踏まえた造形を越えたりはしない。主人公男が官邸でヒトラーと面会するプロセスに費やされる情…

『殺さない彼と死なない彼女』 (2019)

てよだわ言葉で観念的な恋愛論を交わすきゃぴ子と地味子を捕捉するのは望遠の狭い画角である。舞台調の芝居と台詞がリアリズムの叙体から浮き上がり、きゃぴ子の課題を空論に終始させる。木造二階建てアパートの扉を開けると彼女の自室がある。その作り込ま…

『シン・仮面ライダー』 (2023)

用意周到な人がそう自称するのは用意周到ではない。万が一ドジったときの見栄えを考え、この手の人は自分に対する期待値を下げてくるのではないか。 コウモリオーグの件で用意周到の割にルリルリが役に立たないのはフェイントだが、後々、真正のドジを踏んで…

モスクワ2Pz - アドバンスド大戦略

モスクワ2Pzと4Pzはひとつのマップを共有するシナリオである。担当する軍集団に違いがある。4Pzの攻略法は前に検討した*1。トーチカの防衛線を北から迂回し、カリーニン正面軍を滅しつつモスクワの後背を襲うのである。2Pzでは南から迂回してモスクワに至る…

『ジャッジ!』 (2014)

業界に対する態度も‟日本スゴイ”の用い方も自嘲がベースにある。おたくの文物をあがめる非日本語話者らの態度はカリカチュアライズされ、おたくごときを聖化する程度の低い人々として彼らを侮蔑している。彼らが属し自分を虐げる業界を侮蔑したいからである…

『ラーゲリより愛を込めて』(2022)

筋を引っぱっていくのは人の負い目である。人の性能の高さは彼から本源的な悩みを見失わせる。 高い性能にはそれに応じた語り口がある。二宮は超人だから悩みの捕捉を試みても徒労である。性能が発揮される場を設定した方が筋は活きる。本作の場合、部活動の…

動機主義と功利主義

海外暮らしの私にとっては、一時帰国のたびに、老人の多さ(そして態度の不遜さ)と、子供や若者の少なさ(そして小さくなっている姿)が目に留まり、悲観的な気持ちになります。(秋元,2022,234) 不遜な老人を嘆ずる作者の所感をまずカントの考えに基づいて…

『イエスタデイ』 Yesterday(2019)

ビートルズなくとも歌謡曲が現行の形になり得たと想定するのならば、ビートルズの影響を過小評価することになりかねない。ビートルズなくともそれを踏まえた楽曲群が存在する世界にビートルズを持ち込んだとしても、劇中ほどのインパクトをもたらせるのか。…

泣訴する父権

所有権とは処分権である。自分が作ったものは自分が処分していい。自殺が禁忌とされるのは、自分は自分の創作物ではないからである。自分の出生に自分は関与していない。自分には責任がない。責任がないから恣にしていいと考えたくなるが、所有権の概念は逆…

『ミスター・ガラス』 Glass(2019)

最初に筋を運ぶのは卑小な感情にすぎない。女性精神科医(サラ・ポールソン)が妄想狂のオッサンたちを収監する。この図式では、キャリアに対するノンキャリの憎悪と女性に対するオッサンの嫌悪が援用され、受け手はサラの退治を願望するよう誘導される。加…

『宮本から君へ』(2019)

前髪ぱっつんのアニメ声。挙措の全てが媚び媚びしい蒼井優が言い寄ってくる。歩く地雷である。その女はいかん早く引き返せと念じていると、さっそく井浦新の闖入に見舞われる。池松壮亮も井浦も女の地雷性を認識している。そのアニメ声がたまらんと身もだえ…