エルヴェ ル・テリエ『異常【アノマリー】』

異常【アノマリー】設定はループ・なろう物に準じている。3ヶ月後に飛ばされた人々が、3ヶ月後の自分と対面するのが筋である。未来に行くのだから‟なろう”にはならないはずだが、3ヶ月後の自分の視点に立てば、僅かばかりとはいえ未来を知っているために、3ヶ月過去の自分に助言したくなる。


建築家の老人は女との関係を破綻させたばかりである。傷心の老人の前に3ヶ月前の自分と女が現れる。この頃はまだ破綻に至っていない。今の自分と3ヶ月前の自分は別の個体としてこれから共存せねばならない。ループ物とは違い過去に働きかけて現在を改変する工学は成立しない。老人が3ヶ月前の自分に干渉しても人生は変わらない。にもかかわらず、破綻の理由がわかっている老人は過去の自分に助言しないわけにはいかない。連帯感や狭義心が動機のベースになってしまう。


ヨルバ族の男は自分のセクシャリティを隠匿している。ゲイの身バレは自警行為の対象になる。男はかつてパートナーを殺されている。3ヶ月後の自分に出会った男が覚えるのは友情と連帯である。自分のセクシャリティと失った恋人について語り合える相手を初めて彼は見出した。


ステージ4の男が3ヶ月先に飛ばされ、変わり果てた自分と対面する。未来の知見を得た男には自分の人生を改変する機会が生じる。担当医は3か月前の患者を工学的に励ます。少なくともこの3ヶ月で効かなかったやり方は判明していると。自分の顛末を知り覚悟を完了させた男は異なる工学的手法で事態の望む。今、臨終の床にある自分よりはましな態度で最期を迎えられるかもしれない。もっと安らかに死を受け入れられるかもしれない。


3か月先の老人にとってもはや事態は変えがたい。ステージ4の男にとっても経過は変えがたいように思われる。それでもなお工学は可能である。宿命への向き合い方に裁量が残されている。


理論物理学を志した男は奨学金を得られず自棄を起こしてウエストポイントに入り、今は将軍となってノーベル賞学者に囲まれながら、過去から飛ばされてきた群集を見下ろしている。彼は人生の答えを得たのだった。偶然が織りなしてきた人生の道はここに至るよう宿命づけられていたのだ。


売れない小説家がいる。この人の状況設定はステージ4の男に準じる。3か月先に来てみると自分は自決して世を去っている。代わりに遺作が自決のおかげでベストセラーになっている。男はこの名声にフリーライドできてしまう。


小説家のパートは宿命論とは関連がなく、将軍が宿命論の補助線であるように、女に棄てられた老建築家の失意を代替的に癒している。ベストセラー作家になった途端に自分を袖にした女が言い寄ってくる。男は女を金色夜叉して溜飲を下げる。それだけではない。男には長年にわたり秒速してきた女がいた。彼女までもが急に男に気をやり始める。女も憎からずと思っていたのだが当時は恋人がいたので男を遠ざけていたのだった。他にもナードがやたらとモテたり等、作者は自身の邪念について赤裸々である。