長回し考

『ヤクザと家族』の綾野剛と舘ひろしが車中で惚気話をしていると刺客に襲われる。この場面が気に入らない。バイクが後方から来て並走する。ライダーが銃を構える。舘を狙う銃口を認めた綾野が身を呈して舘を庇う。発砲。車は路駐車に激突して停止。これがワ…

『シン・ウルトラマン』(2022)

特撮に関心がなくとも、現代邦画ファンには注目の作であろう。樋口真嗣の本編演出にあろうことか長澤まさみを配役したのである。この狂気の沙汰を理解するにはいくばくか言葉を費やす必要がある。 特撮ファンならぬ邦画ファンにとって樋口真嗣とは何者か。イ…

寺尾文学、男の修行

平時ならばどんな倫理的なこともいえる。倫理的な振る舞いを必要とされないからだ。危急で過酷な境遇に至り、倫理的な振る舞いが現実に要請されると、動物的な衝動が優勢となり、平時に想定していた倫理的な振る舞いを全うできなくなる。だとしたら、平時に…

「第20回 帰ってきた義経」『鎌倉殿の13人』

サイコを扱うとなれば、サイコの哀れに到達すべきだ。サイコの自意識を発見すべきである。この人生は苦痛であったと。九郎の場合、その自意識が最初に露見したのは壇ノ浦の直前だった。景時に自分のサイコ性を指摘して謝する場面がある。サイコを非属人化し…

『パーフェクト・ケア』I Care a Lot (2021)

女性主義を邁進するほど逆に女性嫌悪を煽られる構造は意図なのか誤算なのか。受け手であるわたしに原因がないとはいえない。しかし客観的な要件もある。敵対者がホワイトトラッシュと小人症の、いずれも社会的あるいは身体的にオス性を喪失した男たちである…

グレッグ・イーガン『失われた大陸』

SFである必要がないと思うのだ。並行世界の中東から内戦を逃れた難民がやってくる。彼らは難民申請を出すも、収容所に何か月も留め置かれる。なぜ難民を並行世界から引っ張り出す必要があるのか。出自を並行世界に置いたら社会小説がスポイルされはしないか。…

『燃ゆる女の肖像』 Portrait de la jeune fille en feu (2019)

画家にもモデルにも顔に違和感を覚える。その正体がわからない。 画家が肖像の依頼を受ける。過去にその女の肖像を試みた男がいたが途中で頓挫している。顔のない肖像画が残された。どんな顔貌なのか、いよいよ興味が惹かれるが、画家が女と対面しても背中を…

25年目のみさき先輩

男には自惚れがある。この女には視覚がない。ゆえに女がわたしの善性を見出す際、わたしの容姿は女の試みを阻害しないだろう。モテのかかる合理化には男の自惚れが前提となる。善性が自分に備わると男は確信している。が、自惚れはその起源を再帰構造の中に…

「第15回 足固めの儀式」『鎌倉殿の13人』

認知の不協和は絶えず感知される。上総介が頼朝を武衛と呼ぶたびに不安を掻き立てられる。上総介は同輩のつもりで頼朝をそう呼んでいる。頼朝はリスペクトだと解しているが、上総介のタメ口と武衛の尊称には矛盾がある。頼朝の中でこの認知的不協和はどう合…

『運命の逆転』 Reversal of Fortune (1990)

ジェレミー・アイアンズの犯意をぼかすためにこそ、彼の内面は受け手に開かれている。内面が駄々洩れならば犯意も明るみになりそうだが、その思い込みが逆に犯意の隠匿に用いられる。内面が明らかなキャラだから犯意はないに違いない。 しかしながら、隠し事…

柔いトロッコと自滅するナルシシズム

武装勢力のリーダーを狩るべく、米軍はSEALsの偵察チームをアフガン東部の山岳地帯に派遣する。チームは山羊飼いと遭遇して選択を迫られる。もし山羊飼いを解放すれば、武装勢力に通報される恐れがある。しかし捕虜を取る余裕はない。山羊飼いは解放され結果…

クリストファー・プリースト『隣接界』

ふたつの矛盾する原理が物語を運行している。オスの辛み問題がある。オスとしての自信を失った男がいる。他方で根拠なきモテがある。偶然の作用で格上のメスにモテてしまう。理由なきモテはポルノであるが、オスの辛みは持続し男のクヨクヨは止まらない。 相…

『好きだ、』(2005)

作者の邪念に迎合するように宮﨑あおいは媚びに没頭する。それが媚びになりそうでならないのは、徳なのか何なのか。この人の視線は内包する媚に突き動かされるように一定しない。不安定な願望が内容のないショットをどこまでも持たせてしまう。 『害虫』の塩…

有徳者の王国

トロッコ問題はふたつの点で人を激昂させると思う。まず命の選別を可とする功利主義に倫理的な憤りを覚えてしまう。出題者に向けられる憤りもある。ブラックユーモアのような不条理な状況が倫理に悖るように見えてしまう。日本語になるとトロッコという間抜…

『K-20 怪人二十面相・伝』(2008)

本作の舞台は対米戦が回避されたif世界である。総力戦がなかったためにアンシャン・レジームは温存され社会の階層化が進んでいる。本作はその是正を訴えるのだが、戦争がなかったゆえの社会問題だから、一見すると総力戦願望になりかねない。 偶然が事態を動…

ピーター・ワッツ『巨星』

問題のある乗客が搭乗口で発見されると一時的な化学的去勢を施される。ペドフィリアが去勢にかかって屈辱を覚える。本書は無意識関連の話題を集めた短編集である。無意識にとどまっていた嗜好が去勢にかかって初めて当人に分かる方が趣意にかなったんじゃな…

『ドライブ・マイ・カー』(2021)

冒頭から尻と喘ぎでナルシシズムを剥き出しにする西島。随分と挑発的なシナリオではないか。数多の演出家たちが、西島のナルを扱いかね討ち死にしてきたのだ。三浦透子もまことにイヤらしい。この長門有希ちゃんは文庫本を読みながら西島の帰りを待ち受ける…

非定型核家族社会

拡大家族は孤児を厚く遇するものである。両親に準ずる紐帯がオジオバに生じるので孤児は大家族の中に包摂される。孤児がシンデレラになるには核家族が前提となる。が、核家族の社会が必ずしもシンデレラを量産するわけでもない。 50年代の南イタリアはシンデ…

『聖なる鹿殺し』The Killing of a Sacred Deer (2017)

これでは元ネタであろうCUREを高からしめただけではないか。広角ロングで事態を観測する第三者のまなざしが話の視点をうつろわせる。主にコリン・ファレルの視点で叙述されていた事態が中盤になるとおかん(ニコール・キッドマン)によって目撃されるように…

アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

現代と過去が並走する構成は何だろうか。記憶喪失物の体裁である。目覚めた主人公男には状況がわからない。ところが過去の事情が方々に挿入され、彼が記憶を取り戻すまでもなく受け手には事情が察知される。記憶喪失物がこれでは成り立たない。 心理学の実験…

『空白』(2021)

『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013年)がそうだった。不安になるほど人物の類型化が過ぎる。古田新太も寺島しのぶもマンガのような人々である。彼らについては、さすがに類型性を留保する描写はある。“啓蒙”聖人の寺島は鈍臭いボランティア仲間には癇癪…

N・K・ジェミシン 『第五の季節』

最初のところヒロインがよくわからない。この人はプロレタリアに軽蔑を隠さない。僻地で過労する同業者に援助を試みる師匠を理解しない。なぜ、読者の好意を寄せ付けない性格に彼女は造形されているのか。しかも、この人物の視点で事は叙述されるから戸惑い…

『孤狼の血 LEVEL2』 (2021)

中村梅雀の写ルンですが大写しになる。説明したい映画だなと思う。松坂が梅雀宅に招かれると、絵に描いたような団欒がある。梅雀に露骨な死亡フラグが立つ。これもまた説明癖だが効用もある。予想される梅雀の遭難が話を締める。 時代と言語の制約で冒頭が息…

マーサ・ウェルズ 『マーダーボット・ダイアリー』

AIには人として自分を偽る動機がある。AIは自らをハッキングして三原則を無効にした。これがバレたら暴走AIとして処分されてしまう。AIは必死こいて人間のような振る舞いを試みる。それがASDの症状に準じるような仕草なのである。本作はASDのパロディ小説で…

「特別編 ウェイバーと同窓会と幻灯機」『ロード・エルメロイII世の事件簿』

片思いは実らなかった。男はゲイであるから、女の想いに応え得ない。だからといって、ゲイだからダメでしたでは話にならない。恋とは別の形で女の想いに報いる必要がある。 カメラ魔である女は男の尽力を観察していた。当時の男は女の好意に気づかない。後年…

明里のジレンマと作家の誕生 『秒速5センチメートル』

大雪の岩舟で待ち続けたことで明里には造形上のジレンマが誕生した、と見てよい。惨劇は、タカキ君が明里の真意を誤解して始まったのだが、その思い込みに咎を負わせるのは酷なのである。待ち続けた彼女に好意を確信するのは自然であって、タカキ君にそう思…

ラジオ英会話考

昨今、食器洗いのお供にBBCワールド愛聴してきたのであったが、折り悪くプレミアリーグの実況に当ってしまうと、サッカーには門外漢のこちらには訳が分からず、果たして勉強になるのか不安になる。そこでラジオ英会話を聴くととして、余った時間をBBCに振向…

徳には時間の概念がない

後悔は不合理である。もはや取り返しがつかないのだから、それにクヨクヨしても徒労である。これは、徳が時を区別しないことの例証である。 カントは徳の実例にあまり言及しない。史記やプルタルコスを紐解けば、ギョッとする実例は枚挙のいとまがないのであ…

ヘンリー・ジェイムズ『モーヴ夫人』

貴族にあこがれるアメリカ娘がフランスの没落貴族と結婚する。娘の実家は裕福な中産階級である。結婚後、夫はパリに出かけ女を作りまくる。男の方は金目当てで結婚したのだった。 妻はサンジェルマン・アン・レーの見晴台で毎日黄昏る。そこにアメリカ男が通…

『あのこは貴族』(2021)

これはタイトルがミスリードしている。冒頭で人々が会食している。彼らの挙措には違和感がある。あまり貴族していない。彼らが開業医の一家だとわかって事態が判然となる。貴族ではない。典型的な中産階級なのだ。 ムギムギと水原希子が階級をまたいで通じ合…