フラストレーションから解放される笑い 『マルタイの女』

クレオパトラの舞台が初演を迎える。宮本信子の警護のために西村雅彦はモブのプトレマイオス兵役で舞台に立つはめになる。西村の技量に不満のある宮本は、警護とはいえやるからにはちゃんとしろと西村を叱咤する。実務家の西村は女優という虚業を普段は軽蔑…

マーサ・ウェルズ『ネットワーク・エフェクト: マーダーボット・ダイアリー』

これは邪念であるから、このままでは消化に支障をきたす。邪念は邪念に見えないように再解釈されながら、解釈の過程を通じて解釈者の性質にも感化を与えてしまう。解釈が逆流した。そこにおいて達成されるのは邪念の受容というより萎えに近い。もはや邪念の…

未来の耐えられない重さ

offensive school のジョゼフ・ジョフルが1911年に参謀総長に就任する。そこで出てきたのがドイツに対する先制攻撃案。劣勢をオフセットするには先攻するしかないとジョフルは考える。予防攻撃案にはひとつの問題があった。ベルギーの中立を侵しその平野部を…

『百万円と苦虫女』(2008)

三つのオムニバスそれぞれで問われるのは、不快な相手に対して受け手に好意を抱かせる技術であり、人格発見の古典的な手管である。海の家でナンパしてくる男(竹財輝之助)は不快である。受け手が男を好きになるのは、子どもへの彼の接し方を通してである。…

願望という名の前戯 『秒速5センチメートル』

ギャッと一瞬で地獄に突き落とされるのが『ちょっと思い出しただけ』(2022)であった。女は既婚なのだが、受け手をギャッとさせるべく冒頭からこの情報は隠される。対して秒速は真綿で首を締めにかかる。受け手が知りたくてやまない男女のその後の境遇をジワ…

倫理感の水準

冒頭がみちろう視点なのは少々イレギュラーであり、郷介に好意的なみちろうにも違和感がある(「その10ヤングメモリー」『えの素』)。父の卒業アルバムに若き郷介を見出した彼はその外貌を賞賛しつつ、現在の弛んだ郷介に激怒し、その肉体改造を試みる。明…

『流浪の月』(2022)

男運がつくづく悪いのか、それとも不幸を招く力に取り付かれたのか。広瀬すずは未成熟な男、横浜流星に捕まってしまったのだが、松坂桃李に共感してしまうと広瀬は女難と化す。松坂の幸福を案じるのならそっとしておくのが妥当であり、カフェに入り浸るべき…

志麻、心のむこうに

岩下志麻の極妻のなかでは五作目の新極妻が最も取っ付きやすいのではなかろうか。入門編には最適だと思う。一作目は極妻というより五社英雄の怪奇映画である。岩下復帰の四作目で事態を動かすのはかたせ梨乃であり、岩下は事態を傍観するばかりである。 新極…

「第45回 八幡宮の階段」『鎌倉殿の13人』

考えてみれば妙な感じがする。立ち去る平六が衿を触り、小四郎を失意のどん底に追いやる件である。平六の裏切り性格は周知であり、しかも平六は小四郎に憎悪を隠さなくなっている。今さら平六の真意を知ったところで、それは量的な驚きであり質的なものには…

境涯の重さ DQIII(FC)について

十数年間隔でDQIII(FC)をプレイしていると、アレフガルドの難易度が上がってしまう奇妙な現象に出くわしてしまう。たとえば、ようせいのふえの位置がわからなくなる。もしDQIの知識があれば、マイラ温泉の南4歩目はDQIIのあまのつゆいとに類する有名な話であ…

『牯嶺街少年殺人事件』 A Brighter Summer Day (1991)

台湾撤退というエクソダスが前提としてある。敗戦して島に逃れた男たちはマクロ的に集団去勢されている。大人の事情とは別に少年たちをミクロな去勢が次々と襲う。少年は進学に失敗し、友人に女を寝取られる。歌謡曲をソプラノで歌う少年は生来的に去勢され…

ジョー・ウォルトン『わたしの本当の子どもたち』

求婚を受けるか否かで女の人生が分岐する。それぞれの人生を並行して鑑賞する趣向である。結婚した分岐ではカトリックの夫の保守的な家庭観に女は束縛されキャリアを失う。夫は妻の知性を徹底して否定してくる。そもそも子育てに忙殺されてキャリアどころの…

スペルマは天城峠を越えて

「やさしくしないで」はかなしい。花苗の想いは男の何かに届きはした。背後で打ちあがるH-IIは射精の暗喩である。ところが、届いたからこそ少女は想いが絶たれたと知る。発射されたスペルマは自分には向かってこない。天空を目指して飛び去ってまった。男は…

『SR サイタマノラッパー』(2009)

モブからメインに至るまで、造形の出力する情報量は膨大である。低廉な絵の質感がこれを受け止められそうもない。貧しくなるほど郊外の情報量は豊穣になる。青年らはその背景に埋もれようとしている。郊外の情報量とは無秩序の産物である。そこから逃れるべ…

マイクル・ビショップ『時の他に敵なし』

卑近の課題で場を持たせる手管は機能している。関連しない状況にモチーフを共有させる手管も認められる。序盤を持たせるのはスペインの貧民街のサバイブ劇である。この手の卑近の課題は石器時代編の大半を支配する。乾期に貧窮させることで石器人類の群れに…

原罪の創生

喋血雙雄(1989)の結末は呉宇森の異常性が発揮された最たる場面である。現職警官に投降者を射殺させてしまう。その際、ダニー・リーがサイコ扱いされることはない。フレームは彼の顔に寄り、むしろ受け手は彼に移入するよう強いられる。 前に言及したが、ダニ…

「第38回 時を継ぐ者」『鎌倉殿の13人』

北条一家はまことによくわからない。事が済んでしまうと、自分たちの殺害すら目論んだ義母を相手に、政子も義時も団欒を再開できてしまう。夏目雅子は「美しいロシア」と書くことができなかった。書けないからこそ、ロシアをどれだけ愛していたか証明された…

ギョッとした話

『ちょっと思い出しただけ』(2022)の池松壮亮には行きつけのバーがある。店名は「とまり木」、マスターは國村隼である。序盤でバーが初出の際、カウンターの向こうに鎮座する國村を認めてギョッとした。むろん、池松はギョッとしたりしない。この世界の國村…

ちょっとムカっとしただけ

遠い過去の自分に対して行われた不正には、時間を戻せない以上、対応する術がない。それはわれわれには自由にならないものであり、したがってわれわれの責任のないものであり、もはや関係のない事象である。にもかかわらず、立腹してしまう。あるいは変えら…

訣別のための成熟

初のオフ会である。やってきた長澤まさみは様子がおかしい。ニタニタしながら男の躰を触れ回り、媚び声で容貌を褒めそやす。ギャルゲの白痴ヒロインそのままである。これは何であろうか。長澤の媚びは森山未來への好意に基づくのか。それとも彼女は単なる痴…

三島由紀夫『午後の曳航』

スタローンのエクスペンダブルズは消耗品であることのタフさを称揚するのであるが、それ以上にこのタイトルは、消耗品であると自覚できることに特権性やノーブルさを見出している。そう思えるためには何らかの精神性が必要なのである。男なら死ねと江田島平…

エイドリアン・チャイコフスキー『時の子供たち』

蜘蛛星人のパートを司馬文体で叙述してしまい、文中に顔を出して解説してしまう作者に、邪推をすれば心の揺れを覚えてしまう。蜘蛛星はナノマシンの強制注入で無理やり発展させられた実験社会であり、蜘蛛だから女性社会である。体長がメスの半分しかないオ…

『ちょっと思い出しただけ』(2022)

恋愛の発端から終焉までカバーした『花束みたいな恋をした』(2021)と比較していい。『ちょっと思い出しただけ』は破局の契機が明確である。池松壮亮は怪我でダンサーを続けられなくなった。『花束』には破局に至る決定的なイベントはない。それだけに、破局…

「第一話 夜霧の殺し節」『影同心』

最初に人間の不快がある。夜鷹は断られた客に悪態をつく。金貸しの菅井きんは奉行所の門前で絶叫する。怠惰な渡瀬恒彦らは夜鷹殺しに関心を示さない。彼らをどうやって事件にのめり込ませるか。契機は偶然かつ効率的である。 渡瀬が質草を取り戻しにきん宅へ…

グレッグ・イーガン『シルトの梯子』

毎度のパターンである。文明的な優越感を覚えたいが、リベラルの心性がそれを許さず、婉曲にやるしかない。結果、事態は多義的あるいはアイロニカルになる。 マーガレット・ミードがサモアの被験者に騙された話の宇宙版が出てくる。数千年冷凍保存されたジェ…

イージー・ライダーを見返す

イージー・ライダーは頻繁に見返している。もっとも、It's Alright, Ma から 「髪を切れ」の件だけを流してキャッキャしてるだけで、全編通したのは学生以来じゃないか。SD画質でずっと見てきたので、BSでやってたのを画質目当てで録画した。画質は残念だっ…

ルーシャス・シェパード 『鱗狩人の美しき娘』

説明しがたい状況である。生物部のギークスがクイーンビーをさらって部室に監禁し、リケジョに洗脳するのである。アンチ・オタサー文学とは一概には言えない。なぜクイーンビーをさらう必要があるのか。状況はセンシティヴで、ギークスは特別支援的な境遇に…

『零戦燃ゆ』(1984)

60年代の戦記映画を知る者にとっては、冒頭からすでに隔世の感がある。搭乗前には機体の視認がなされ、几帳面にチェックリストの手順を踏んでエンジンが始動する。原作の理系指向もあるが、20年前の戦記映画には望むべくもない解像度である。 しかし、加山雄…

実体のないヒロイン

『春の雪』と『奔馬』にはヒロインに実体がある。春の雪は聡子の機知と勇気を具体化するエピソードを冒頭に置いている。宮崎アニメ的構成といっていい。 『暁の寺』はこれをやらない。女の内面がわからないからこそ聖化できる機制が活用されている。知ってし…

『鍵泥棒のメソッド』(2012)

結婚観のブレが筋の構造を軋ませている。恋愛を特権視するのか。家庭を法人視して恋愛の有無に重きを置かないのか。 広末は恋愛主義者に見える。他方で姉の小山田サユリは結婚生活を破綻させつつある。彼女の存在は広末の結婚観を留保する。恋愛を経た結婚か…