産業革命の条件

The British Industrial Revolution in Global Perspective (New Approaches to Economic and Social History) (English Edition)Allen(2009) の説では、高賃金と安い燃料の組み合わせが産業革命を引き起こす。不足する労働力を機械で置き換えようとするインセンティヴが生じるのである。石炭はブラタモリの範疇であるからここでは追わない。検討すべきは高賃金をもたらした人手不足の理由である。

14世紀、黒死病による人口減少にともない欧州の労働力は逼迫し賃金が上昇した。人口回復によって賃金は下降するが、イングランドだけは再び上昇する。

大塚史学のナラティヴな説明によると、14世紀後半に入るとイングランドの農村でプロト工業の発展が見られる。この状況下で領主が農民の収奪を試みれば、農民はプロト工業へ逃散してしまう。領主は収奪を断念し農民の所得は高止まりする。

ここで疑問になってくるのはプロト工業製品の消費先である。逃散した農民を吸収できるほどプロト工業に雇用を生じさせた需要はどこから来たのか。

収奪を免れた農民の所得がプロト工業の消費財を吸収したと想定はできる。農村への消費財の浸透は産業革命以前に始まっている。しかしAllen(2009)は異なる経路を想定する。

殊に黒死病の打撃が大きく人口回復の遅れたイングランドでは、放棄された耕地が牧草地に転換されていった。豊富な牧草地は羊の品質にインパクトを与えた。イングランドの毛織物は海外から需要されるようになり地中海製の毛織物を駆逐した。

Allenの実証によれば、高賃金に顕著なインパクトを与える因子は三つある。都市化(工業化)・農業革命(単位収量の増加)・プロト工業である。

都市化にインパクトを与えたのは毛織物の海外需要である。

農業革命は都市化から派生する。工業に吸収され農村が人手不足となりイノベーションのインセンティヴが生じる。

プロト工業についてはAllenに戸惑いが見られる。都市化と農村工業の発展は相容れないように見える。ただ、Allenの統計解析は、absolutismとプロト工業に負の相関を見出す。absolutism を封建制の残留度と解せば大塚史学の見解と一致する。封建制と製造業は相容れない。製造業は雇用機会を作り農民に逃散の選択肢を与える。

封建的規制が緩いイングランドでは領主にプロト工業を禁じる力がなかった。封建領主の規制力が強かった東欧ではプロト工業が発展する余地はなかった。

プロト工業製品は少なくとも14世紀後半においては地産地消されていたと大塚史学は見ている。Allenも海外交易がプロト工業に与えるインパクトを低く見積もっている。大塚史学は農村工業が都市化へと発展したと考えるが、Allenは並走したとする。この相違は対象となる時代の違いに因るのかもしれない。大塚史学の方が時代を遡る。

Allenに準拠して産業革命に至るフローをまとめると以下になる。黒死病・石炭・封建制の強度が根本的な条件である。



黒死病・石炭・封建制のうち前二者は自然現象だが、封建制の強度にはまだ検討の余地がある。なぜイングランドでは封建制が緩いのか。Allenの議論はこの直前で止まっている。本稿もこれ以上は追わない。


一橋大学経済研究叢書 56 比較経済発展論歴史的アプローチトインビーの史観では文明は人口問題に対応しながら成長する。ヘラス社会は地域間分業によって単位収量を増大させ人口問題に対応した。西欧社会は産業革命によって人口問題を根底から解決した。

産業革命以前の世界では、人口が増えれば食料の供給が追いつかず、人口は減少に転じた。経済は成長しない定常状態にあった。人口が増えれば商品への需要は高まり、経済は成長するはずである。ところが人は増えてモノ作りに必要な空間は増えず、供給が追いつかなくなる。

産業革命は機械化によって供給制限の問題を解決した。賃金上昇と人口増は両立するようになった。人口増による需要増がイノベーションの呼び水となり、人口増が一人当たりの生産性を上昇させる全く逆の世界が到来した。