2024-01-01から1年間の記事一覧

『ゴールド・ボーイ』(2023)

内容に叙体が合わないためなのか、そもそも語り手が狂っているのか。物語を統べるはずの倫理・価値観の消失点が捉え難いのである。 まず叙体の古さに出鼻をくじかれる。現代の流行から見れば中庸な、平成初期の叙体である。 金子修介の登用は一面において正…

N・K・ジェミシン『輝石の空』

季節変動を克服するために社会的対応としてカーストが制度化され、物理的対応としてサイキック人類が創造された。季節変動の終息がサイキックであるヒロインの課題だが、カースト社会の是正が物語の真の目的である。季節変動は社会問題を設定する手段にすぎ…

『さかなのこ』(2022)

現実の当人とは関連のないカメオ的な役柄で原作者が投入されたのなら、不都合は生じなかったはずだ。当人に類する姿態で登場するから存在論の不穏が始まる。彼は何者なのか。 原作者はのんの雌雄反転配役に信憑性を与える補助線なのだろう。当然ではあるが、…

旅する共同体

18世紀半ば、ジュネーヴの市民革命は頓挫し貴族の寡頭政治に移行した。ジュネーヴからイングランドへ亡命したジャン=ルイ・ド・ロルムには、イングランド王権の強さが魔法のように見えた。フランス王は議会を従属させるために軍事力の行使をちらつかせた。…

無意味に耐える技術

描くために見るのではなく、見るために描くのである。もしも描けなければ、それは見えないからだ。 描くまではそれが何かわからない。むしろ、それを知るためには描くしかない。初めからわかっているものを作る行為は工学であり、文芸現象ではない。忘れたも…

『春画先生』(2023)

冒頭から絵面が尋常ではない。カフェの真ん中で北香那が仁王立ちしている。後背の美術は過密で重く、濃緑のエプロンをまとった北の白シャツが合成のように浮いている。地震がある。揺れの中で微動だにしない内野聖陽に自ずと視線が導かれる。この誘導法は内…

N・K・ジェミシン『オベリスクの門』

事故で月が長い楕円軌道に放り込まれた。気候変動で文明は崩壊し人類は全滅の危機に瀕している。科学が退化した代わりに核兵器級のサイキックが社会を構成している。『新世界より』を思わせる世界観である。両作とも破壊力ゆえにサイキックが忌避され、能力…

『夜明けのすべて』(2024)

忘れ物を届けた帰路、自転車に乗る松村北斗の場面が不穏である。いかにも事故りそうな感じだ。不穏は場面の尺の長さとカット割りの細かさに由来している。内容の何気なさに丁寧な叙体が釣り合っていない。松村は何事もなくたい焼きを買って帰社する。不穏の…

ゲルマンの太古の森へ

自由都市の発達は農奴制解体の前提だ。自由都市を成立させるのは領主に対抗できる強度をもった王権である。農奴の逃散先となる都市の成立を妨害する動機が領主にはある。王権は領主の軍事力を恐れるが都市を恐れる理由はない。共通の敵が王権と都市を結びつ…

『せかいのおきく』(2023)

接写された人糞に柄杓がインサートされ粘着音を立てる。意図過剰のイヤらしいカットだが、人糞に対峙する池松の険しさは笑いである。これは池松の徳操を観測する話なのだ。 彼の徳は寛一郎を放っておかない。厠で二人は雨宿りする。黒木華もやって来て雨宿り…

カレー考

調理に際し重さで具材の分量を割り出すと味が決まりだすので計量に病みつきになる。 自炊を始めた当初はハカリを持たなかった。味噌汁のみそは200mlにつき大さじ一杯であり、重さを知らなくても作れる。ダシはそうもいかない。100mlにつき3gの煮干しでダシが…

『枯れ葉』Kuolleet lehdet (2023)

職場に潜む不穏はことごとく気品ある顛末に至る。女に向けられる警備員の視線はセクシャルだが、彼が女にもたらすのは暴力的ではなく社会的な災厄である。バーの裏口で薬物の売買を女が目撃して不穏が仕込まれる。確かに累は女に及ぶが、警備員の件と同様に…

キム・スタンリー・ロビンスン『未来省』

炭素の固定と引き換えに発行される仮想通貨が登場する。作中ではカーボンコインと呼ばれる。土地に炭素を吸収してコインを得ようと試みる農民の話には次のような文章が出てくる。 「小作農の尻をたたいて木や多年生植物を植えさせた」 作者は左派の人である…

『1秒先の彼』(2023)

清原果耶がドン臭いカメラ女子やっても地味子にはならないだろう。写真部は果耶ひとりだけというが、サークルクラッシュの痕跡じゃないか。この人は然るべき場所に放り込めば入れ食いになると思わせるから、片思いの切実さからは程遠い。 偶然の濫用も筋の品…

『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(2023)

男は美女の媚びに感応できなかった。去勢された男の諦念が彼を不能にしている。自分は彼女の器ではない。自身の去勢感を男はそう表現する。たとえ一緒になったとしてもやがて経済力の壁が二人の間に立ちはだかるだろう。娘は甲斐性のない男に醒めるであろう…

マイクル・コニイ『カリスマ』

「わたしを知ってるのね」と女はいう。記憶はないがその自覚はある。女には自分を取り巻く構造に自覚があり、その自覚が男を惹きつける。 女と再会した男は、この宇宙にはあの女はもういないと悟る。女の記憶が多元宇宙を渡り、男はそれを追いかける。しかし…

『窓ぎわのトットちゃん』(2023)

ある文明が滅びようとしている。文明と文明の狭間にできた真空地帯で帰農する少女が目撃するのはチンドン屋の隊列である。彼らは滅びゆく文明の徴標である。少女はまさに文明の終わりを目撃しているのだが、大人の利害関係に疎い彼女には文明の終焉が解るは…