2024-03-01から1ヶ月間の記事一覧

無意味に耐える技術

描くために見るのではなく、見るために描くのである。もしも描けなければ、それは見えないからだ。 描くまではそれが何かわからない。むしろ、それを知るためには描くしかない。初めからわかっているものを作る行為は工学であり、文芸現象ではない。忘れたも…

『春画先生』(2023)

冒頭から絵面が尋常ではない。カフェの真ん中で北香那が仁王立ちしている。後背の美術は過密で重く、濃緑のエプロンをまとった北の白シャツが合成のように浮いている。地震がある。揺れの中で微動だにしない内野聖陽に自ずと視線が導かれる。この誘導法は内…

N・K・ジェミシン『オベリスクの門』

事故で月が長い楕円軌道に放り込まれた。気候変動で文明は崩壊し人類は全滅の危機に瀕している。科学が退化した代わりに核兵器級のサイキックが社会を構成している。『新世界より』を思わせる世界観である。両作とも破壊力ゆえにサイキックが忌避され、能力…

『夜明けのすべて』(2024)

忘れ物を届けた帰路、自転車に乗る松村北斗の場面が不穏である。いかにも事故りそうな感じだ。不穏は場面の尺の長さとカット割りの細かさに由来している。内容の何気なさに丁寧な叙体が釣り合っていない。松村は何事もなくたい焼きを買って帰社する。不穏の…

ゲルマンの太古の森へ

自由都市の発達は農奴制解体の前提だ。自由都市を成立させるのは領主に対抗できる強度をもった王権である。農奴の逃散先となる都市の成立を妨害する動機が領主にはある。王権は領主の軍事力を恐れるが都市を恐れる理由はない。共通の敵が王権と都市を結びつ…