映画

長回し考

『ヤクザと家族』の綾野剛と舘ひろしが車中で惚気話をしていると刺客に襲われる。この場面が気に入らない。バイクが後方から来て並走する。ライダーが銃を構える。舘を狙う銃口を認めた綾野が身を呈して舘を庇う。発砲。車は路駐車に激突して停止。これがワ…

『シン・ウルトラマン』(2022)

特撮に関心がなくとも、現代邦画ファンには注目の作であろう。樋口真嗣の本編演出にあろうことか長澤まさみを配役したのである。この狂気の沙汰を理解するにはいくばくか言葉を費やす必要がある。 特撮ファンならぬ邦画ファンにとって樋口真嗣とは何者か。イ…

『パーフェクト・ケア』I Care a Lot (2021)

女性主義を邁進するほど逆に女性嫌悪を煽られる構造は意図なのか誤算なのか。受け手であるわたしに原因がないとはいえない。しかし客観的な要件もある。敵対者がホワイトトラッシュと小人症の、いずれも社会的あるいは身体的にオス性を喪失した男たちである…

『燃ゆる女の肖像』 Portrait de la jeune fille en feu (2019)

画家にもモデルにも顔に違和感を覚える。その正体がわからない。 画家が肖像の依頼を受ける。過去にその女の肖像を試みた男がいたが途中で頓挫している。顔のない肖像画が残された。どんな顔貌なのか、いよいよ興味が惹かれるが、画家が女と対面しても背中を…

『運命の逆転』 Reversal of Fortune (1990)

ジェレミー・アイアンズの犯意をぼかすためにこそ、彼の内面は受け手に開かれている。内面が駄々洩れならば犯意も明るみになりそうだが、その思い込みが逆に犯意の隠匿に用いられる。内面が明らかなキャラだから犯意はないに違いない。 しかしながら、隠し事…

『好きだ、』(2005)

作者の邪念に迎合するように宮﨑あおいは媚びに没頭する。それが媚びになりそうでならないのは、徳なのか何なのか。この人の視線は内包する媚に突き動かされるように一定しない。不安定な願望が内容のないショットをどこまでも持たせてしまう。 『害虫』の塩…

『K-20 怪人二十面相・伝』(2008)

本作の舞台は対米戦が回避されたif世界である。総力戦がなかったためにアンシャン・レジームは温存され社会の階層化が進んでいる。本作はその是正を訴えるのだが、戦争がなかったゆえの社会問題だから、一見すると総力戦願望になりかねない。 偶然が事態を動…

『ドライブ・マイ・カー』(2021)

冒頭から尻と喘ぎでナルシシズムを剥き出しにする西島。随分と挑発的なシナリオではないか。数多の演出家たちが、西島のナルを扱いかね討ち死にしてきたのだ。三浦透子もまことにイヤらしい。この長門有希ちゃんは文庫本を読みながら西島の帰りを待ち受ける…

『聖なる鹿殺し』The Killing of a Sacred Deer (2017)

これでは元ネタであろうCUREを高からしめただけではないか。広角ロングで事態を観測する第三者のまなざしが話の視点をうつろわせる。主にコリン・ファレルの視点で叙述されていた事態が中盤になるとおかん(ニコール・キッドマン)によって目撃されるように…

『空白』(2021)

『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013年)がそうだった。不安になるほど人物の類型化が過ぎる。古田新太も寺島しのぶもマンガのような人々である。彼らについては、さすがに類型性を留保する描写はある。“啓蒙”聖人の寺島は鈍臭いボランティア仲間には癇癪…

『孤狼の血 LEVEL2』 (2021)

中村梅雀の写ルンですが大写しになる。説明したい映画だなと思う。松坂が梅雀宅に招かれると、絵に描いたような団欒がある。梅雀に露骨な死亡フラグが立つ。これもまた説明癖だが効用もある。予想される梅雀の遭難が話を締める。 時代と言語の制約で冒頭が息…

『あのこは貴族』(2021)

これはタイトルがミスリードしている。冒頭で人々が会食している。彼らの挙措には違和感がある。あまり貴族していない。彼らが開業医の一家だとわかって事態が判然となる。貴族ではない。典型的な中産階級なのだ。 ムギムギと水原希子が階級をまたいで通じ合…

『るろうに剣心 最終章 The Beginning』(2021)

正調の時代劇に近づくとかえってコスプレ劇の血が騒ぎだすのか、やってることは『翔んだカップル』と変わらない。路上で失神した巴など打ち捨てておけばよいものを、やはり性欲に抗えず拾ってしまい押しかけ女房される剣心。怪我にハンカチイベント。部屋に…

『るろうに剣心 最終章 The Final』(2021)

前回の求婚を受けて、冒頭から剣心を意識しまくりな薫殿であったが、薫殿が嫌いなわたしにとってはこれが実に悩ましい。かわゆいのである。剣心の方は昔の女を思い出してしまって、薫殿は放置される。これはよい兆候だ。捨て置かれた薫殿はヒートアップする…

『アウトポスト』 The Outpost (2020)

沖縄のシュガーローフヒルでは海兵隊のオフィサーは15分ともたなかった。小隊長はトイレットペーパーのごとく交代していったそうだが、ここまで極端ではないにしろ、本作でも大尉(中隊長)が次々と斃れ消耗品の如く交代していく。結果、劇中で計4名の中隊長…

『タンポポ』(1985)

個々人に近代の心性が芽生えるプロセスに着目した90年代の伊丹作品に対し、本作は近代をより文芸的に捕捉しようとする。近代に至ると人はどんな気分になるのか? 近代を美意識として捕捉していた60年代の作者の気分を引きずるのである。宮本信子が山﨑努らと…

『今度は愛妻家』(2010)

人間の正当化の力を思い知らされるのである。薬師丸が今後家事はやらぬと宣言する。ところが、すでに部屋は雑然としていて違和感を覚えたのだ。が、薬師丸が旅行に出ていた設定に促され、部屋の散らかりを合理化してしまった。帰宅してまた旅に出る彼女に不…

『花束みたいな恋をした』(2020)

性格の一貫性について不審な点は間々ある。別れを切り出す土壇場になって、冷め切ったはずのふたりが感情を取り戻してしまう。それだけ盛り上がる余力があるなら、別れる理由が消えかねない。あえて回想で盛り上がるのなら、別れた後に持ってくるのが定石の…

『KCIA 南山の部長たち』 The Man Standing Next(2020)

政治を儀礼化されたスリラーにするのは、政治日程と数の原理がもたらす抗争である。タイムスケジュールは正統性の調達を競う障害レースを設定する。日程は事件を物化するためのハードルである。体制が違えどこの手の政治スリラーは再現可能だ。たとえば『ス…

狂女考 『セーラー服と機関銃』『二代目はクリスチャン』

薬師丸ひろ子も志穂美悦子も共に狂女でありながら、作中でたどる狂気の軌跡は逆である。前者は狂気を理解する物語である。後者は理解不能になる。 薬師丸は初期相米のヒロインたちと同様の、天然ゆえにリスク選好に走ってしまう一種の狂人である。佐藤允、三…

『スパイの妻』(2020)

相変わらず変な映画なのである。蒼井優は古の女優演技を不気味なほど的確に形態模写する。高橋一生の9ミリ半フィルムもいかにも戦前のホームムービーだ。これだけ見れば『カメレオンマン』(1983)だが、蒼井の復古調を捉えるのは飽くまで現代テレビドラマの質…

『ボーイズ・オン・ザ・ラン』(2010)

なぜダメな自分が愛されたのか。女の器質に根拠があった。女は恋愛体質である。その愛は無差別であるから男の性能は問われなかった。ところが女の器質は物語の根本的な動機を掘り崩しかねない。男は成熟したオスになって配偶者を得たい。だが、女の無差別な…

『罪の声』(2020)

星野源の印象がよくない。彼は世代的にロスジェネだが、父親のテーラーを相続して就職難とは無縁である。市川実日子との間には一女がある。市川は相変わらず地味カワイイから益々腹立たしい。絵に描いたようなこの幸福な男がいくら我が身を嘆じたところで反…

『星の子』(2020)

アンビリーバーが野蛮人に見えてくる相対化が話の趣旨だと思われる。が、殊に公教育の場では、生徒の信仰に対して公共の福祉に抵触しない限り相対的な立場を取るのは常識であって、社会的合意があるのではないか、とわたしは考える。この常識に反する岡田将…

死者に自分を奪われる

ミッドウェイ(2019)とID4リサージェンス(2016)に淀む湿っぽいセクシャリティは何事であろうか。オネエ顔のエド・スクラインがスペルマの飛沫のような曳光弾をかいくぐり飛龍の航空甲板の日の丸目がけて250kg爆弾を投じる。飛龍撃沈の引き換えに戦傷したスク…

『渚のシンドバッド』(1995)

田舎に隠遁した浜﨑あゆみを男どもが追う場面は、ギャルゲの懐かしい感じがした。各方面に影響は与えたのだと思う。この浜崎はおそらく『放浪息子』の千葉さおりの原像でもあるのだろう。今更ながらそういう学びがあった。 しかし悲痛な設定の割には慰藉の余…

『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』(1976)

神保町の件までは古典落語の踏襲である。寅が無銭飲食の老人、宇野重吉を憐れんでとらやに泊める。礼をしたい宇野は満男の画用紙に毛筆で何かをしたため、神保町の大雅堂に持って行くよう寅に頼む。宇野が日本画の大家と知らない寅は嫌がる。宇野の描いた宝…

『さよならみどりちゃん』(2005)

この星野真里も困ったキャラクターである。ダメな人なのだが顔がいいから男が寄ってくる。この人を観察する意味はあるのか困惑してしまう。星野がダメな人と作者は気づいているのか例によって訝りたくなる。むろん意図はある。本作は性格の一貫性を損なわな…

やくざと四股名とナルシシズム

やくざの組事務所には独特の時の淀みがある。閑散とした事務所では当番の組員が二三名、ぼーっとしている。基本無職の彼らは暇人でやることがない。 『ヤクザと憲法』(2016)の二代目清勇会の組事務所を眺めていると、初期北野、特に『ソナチネ』(1993)の偉さ…

プリドーはどうやってもぐらを知ったのか『裏切りのサーカス』

感情表出への接近を特権ととらえるべきではなく、それは、当事者性を託し合わせる空間分布の冒険談であるべきだ。その中で、オッサンは、オッサン自身の不行跡な心のはたらきの広がりを受け手とともに知ることだろう。 (シネスケのワイの感想) 映画のジム…