2017-01-01から1年間の記事一覧

ブルース・スターリング 『タクラマカン』

メガゾーンから脱するのではなく、外部者がメガゾーンに包摂されてしまうオチであるならば、ディザスター物の範疇に入ることだろう。ディックの『ユービック』はこの系統にしてはイレギュラーな話で、メガゾーンへの包摂に幾分かの好ましさを付加し、かかる…

『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』

冒頭で信州を旅する寅次郎からとらやに絵葉書が届く。「いいなあ君の兄さんは」とさくらに博が所感を述べる。手前の兄貴でもあるわけだから、この言い方には博らしくない距離感がある。中盤でも、いしだあゆみが上京して寅に付文を渡す場面で、博はメタな視…

クリストファー・プリースト 『夢幻諸島から』

キャラクターの心理過程を叙景によって代替的に表現するだけでは、アイロニーとしての完成度は心許ない。アイロニーにまつわる語り手の自意識の泥沼を克服してそれはようやくアイロニーとなる。アイロニーとは知らぬふりをせねばならず、その叙景は人物の心…

甲斐性のアイロニー 『機動警察パトレイバー2』

後藤隊長といえども警察官であるから、荒川逮捕の際、犯罪教唆のようなことを言ってしまう彼には引っ掛かりを覚える。「どうして柘植の傍にいない」である。言いかえれば、「自分なら柘植の傍にいる」という羨望が含まれるのだが、謀反気への憧憬という青い…

『だれかの木琴』

ホラー映画にしては珍しく、ストーカーの常盤貴子の内面が開示されている。ところが彼女の内語は、修羅場と化する状況とは全く関連のない話題に終始している。内面開示が恐怖を煽る装置になっていて、そこにわれわれは美人の天然というべき恐怖を見出す。か…

ロバート・J・ソウヤー 『フレームシフト』

ソウヤーの作品世界には自意識のない陽性の気質が事欠かない。『スタープレックス』のイルカやイブ族はその最たるものだが、人類しか出てこない『フレームシフト』でも登場人物は基本的に自意識を持たない。ヒロインがテレパスという設定は、その俗謡調に驚…

ジーン・ウルフ 『アメリカの七夜』

タイトルは失念してしまったが、サブ・サハランかどこかの長老が19世紀の欧州辺りを訪ねて文明の利器にケチをつけて回るあの探訪記は、小学生のわたしをいたく憤激させた。今読んでもおそらく憤激すると思う。長老の偏狭さに憤ったのである。 内容は長老が自…

ダン・シモンズ 『ハイぺリオンの没落』

会議室小説であるから、マイナ・グラッドストーンの機能面が突出して、悪化する事態に対応するマイナの根性が試されるおなじみの展開を期待してしまう。実際、半ばそのように構成もされている。しかし、根性を試す筋に割には、彼女の内面が開示され過ぎてい…

格調とは何か 『イースター・パレード』

Steppin' Out With My Baby の間奏でやるアステアのハッスルがもどかしい。サル顔の貧相な男が人外のヘンタイ機動を行うグロテスクがアステアの魅力であるのだが、当該の場面ではアステアの挙動がスロー描画されることで、そのヘンタイ機動が封じられてしま…

マイクル・フリン 『異星人の郷』

中世人と異星人のコンタクト物である。地球にやって来た異星人の方がとうぜん技術的に進んでいるから、これは現代人である読者が異星人に自分を仮託して文明のオナニーをやる話かと思いたくなる。ところが趣が少し違うのだ。主人公である中世欧州人の神父は…

『殺人の告白』

映画『砂の器』が無意識であれ目指したのは、原作に充満する松本清張の怨念を封印することであった。それは、コロンボのようなセレブリティへの怨念であり、かつ相貌のよい若者への怨念である。 『殺人の告白』では、怨念の提起と封印が同一作品の中で行われ…

『ボーダーライン』

ゴルゴ13に少年が出会うひとつの類型がある。少年が偶然にゴルゴの仕事を目撃してしまう。第482話の「ストレンジャー」は前に言及した。好きな話だ。ゴルゴの仕事ぶりに感化された文弱少年が生きる勇気を取り戻すのである。対して、本作のエミリー・ブラント…

コードウェイナー・スミス 『シェイヨルという名の星』

山本嘉次郎の『雷撃隊出撃』に文明オナニーの場面が出てくる。笙の調べに乗って、米国人の個人主義に比べて我が大和民族は云々と劇中の人物が文明批評をやり出す。これはつらい。所属する文明を称えてオナニーしたいのは拒み難い人情である。しかし、自分で…

チャイナ・ミエヴィル 『都市と都市』

事件とキャラクターの並行する叙述が舞台設定の不自然さを補てんできている。まずミステリーの情報開示が舞台の不自然な凸凹を利用して情報を流出させることで、不自然さを補てんする。キャラクター叙述の方はバディ物に準拠していて、これが三つの階梯を踏…

ビーター・ワッツ 『ブラインドサイト』

主人公がコミッサールに設定されていて、ブン屋のような職能を負っている。当事者であってはならないとされ、状況を批評するばかりなので、イベントの担い手にならない。これは話として難易度の高い作りである。 主人公男はサイコパスである。この手の精神病…

ティム・パワーズ『アヌビスの門』

新たな状況にキャラクターを放り込むことで物語を始めるとする。状況は劇中の人物にとっても受け手にとっても未知であるから、状況説明の営みが不自然とはならず、物語への導入が円滑になるだろう。 この手の作劇には今一つの利点もある。新たな状況に対処せ…

エミール・ゾラ 『居酒屋』

受け手が好意を寄せるキャラクターがある。われわれは彼女の幸福と成功を願う。その一方で、このヒロインに寄生する男がいる。ヒロインに好意があるゆえに男を憎悪するわれわれは、彼の破滅を願う。しかし、男がヒロインに寄生している以上、ヒロインを破滅…

『HiGH&LOW THE MOVIE』

一見には琥珀さんがわからないのである。シリーズからは独立した、自己完結した物語として本作を観察してしまうと、三十半ばになっても族を引退しないヒゲのオッサンが精神的支柱を失ってオロオロしている何とも貫録のない話になってしまう。琥珀さんの慕わ…

涙を湛えて微笑せよ

男も女も互いの面識を失っている。にもかかわらず、愛の実効が二人の間で再現されてしまう。その際、恋が宿命であったことの強度は記憶喪失の度合いの関数である。記憶がないほど宿命的になる。 『明日の記憶』では、女についての記憶を失っている男は改めて…

『クリーピー 偽りの隣人』

精神病質者の視点がたびたび挿入される。理解不能な人物の主観が入るわけだから、男の病質性はおのずと低減される。地下鉄の場面で明示されるように、男の挙動が精神病質であるとはっきりと定義したくない意図がある。彼がそれであるのかどうか、その可否の…

補完される機能的色彩

劇中の人物が自分の正体を知る叙述文学の公式は、その冒頭において、自分が何者か知らないがゆえに当該のキャラクターから機能的色彩が欠落することがある。それは受け手のいら立ちを誘いかねない。 『叛逆航路』はバディ物であるが、キャラクターの無能さが…

失われた記憶と分岐する人格

記憶を喪失した人物が災厄に見舞われている。その災厄は、記憶を失う以前の当人が引き起こしたものである。しかし記憶を失った彼はそれと知らずして災厄と戦っている(『ヘラクレスの栄光III』『CASSHERN』)。 記憶の継続を人格の要件と見なす立場を採用す…

三島由紀夫『雨の中の噴水』 石原慎太郎『完全なる遊戯』

恋愛の局面にあっては男は選択の主体になり難い。選ぶのは女だからだ。では男が選択の主体となるにはどうすればよいか。三島の『雨の中の噴水』は恋愛の終局に着目する。選べなくとも棄てる決断はできるはずだ。この発想がさらに倒錯すると、恋愛が目的では…

嬌飾された偶然 『ライク・サムワン・イン・ラブ』

この老人に訪れるオスの試練には段階があり、その階梯の間にはタメとしての踊り場がある。中盤での加瀬亮との接触がそれで、メスをまるで扱えない童貞然とした老人が加瀬へ人生の教訓を垂れ始め、オスとしての甲斐性をようやく発揮する。 ただし不穏なのであ…

六平直政 怨念の箱舟 『復讐 運命の訪問者』『マルタイの女』

『運命の訪問者』は異能者の連帯とその芸が継承される物語である。哀川翔と六平直政は『CURE』の役所広司と萩原聖人の相似である*1。 『運命の訪問者』は六平直政の生き様と死に様の物語だ。六平にはモンテーニュが言及するようなローマの偉人の徳がある。恐…

景物の誘い 『人生スイッチ』『蜘蛛の瞳』

自らの過ちが原因とはいえ、反社会的人格の搭乗する車を煽ってしまった男は『激突!』の状況に追い込まれてしまてしまう。 ここで状況を観測しているのは、もちろん追われる男の方である。彼を襲撃する反社会的人格の視点には言及がない。内面が明かにされる…

双方向サイコ 『教授のおかしな妄想殺人』

イレギュラーであるのは、モノローグのかたちでホアキンとエマの内語がそれぞれ二人とも開示されている点で、さらに内語の内容も奇妙なのである。エマはホアキンを話題としている。ところがホアキンの方は殺人の話題で一杯で、エマがあまり出てこない。通常…

大杉漣、魂の座 『CURE』

大杉漣がいちばんえらい。久しぶりに『CURE』を再見してそう確信した。 大杉漣登場の会議室の場面は衝撃である。ヘアスタイルとメガネだけで話は喜劇に堕ちかかる。その通俗の塊のようない出立ちで萩原聖人に立ち向かってゆくのだから、してやられるのは確実…

宿命を知る 『ちはやふる』

広瀬すずは美人である。最初のつまずきはそこである。劇中でも美人であるとはっきり言及されていて、彼女の課題設定に負の影響を及ぼしている。美人の時点で課題が消失しかねない。このことは語り手も自覚していて、美人であることを無効にするための描画が…

激録オッサン密着24時 『現金に手を出すな』

事情あって『現金に手を出すな』を再見した。初見時は学生であったわたしは寝落ちしてしまって、どんな話か今まで解らないでいたのだった。今回見返してみて、あまりのおもしろさに驚いた。 本作が叙述するのは24時間+αのオッサンの行動であり、省略されてい…