「第15回 足固めの儀式」『鎌倉殿の13人』

認知の不協和は絶えず感知される。上総介が頼朝を武衛と呼ぶたびに不安を掻き立てられる。上総介は同輩のつもりで頼朝をそう呼んでいる。頼朝はリスペクトだと解しているが、上総介のタメ口と武衛の尊称には矛盾がある。頼朝の中でこの認知的不協和はどう合…

『運命の逆転』 Reversal of Fortune (1990)

ジェレミー・アイアンズの犯意をぼかすためにこそ、彼の内面は受け手に開かれている。内面が駄々洩れならば犯意も明るみになりそうだが、その思い込みが逆に犯意の隠匿に用いられる。内面が明らかなキャラだから犯意はないに違いない。 しかしながら、隠し事…

柔いトロッコと自滅するナルシシズム

武装勢力のリーダーを狩るべく、米軍はSEALsの偵察チームをアフガン東部の山岳地帯に派遣する。チームは山羊飼いと遭遇して選択を迫られる。もし山羊飼いを解放すれば、武装勢力に通報される恐れがある。しかし捕虜を取る余裕はない。山羊飼いは解放され結果…

クリストファー・プリースト『隣接界』

ふたつの矛盾する原理が物語を運行している。オスの辛み問題がある。オスとしての自信を失った男がいる。他方で根拠なきモテがある。偶然の作用で格上のメスにモテてしまう。理由なきモテはポルノであるが、オスの辛みは持続し男のクヨクヨは止まらない。 相…

『好きだ、』(2005)

作者の邪念に迎合するように宮﨑あおいは媚びに没頭する。それが媚びになりそうでならないのは、徳なのか何なのか。この人の視線は内包する媚に突き動かされるように一定しない。不安定な願望が内容のないショットをどこまでも持たせてしまう。 『害虫』の塩…

有徳者の王国

トロッコ問題はふたつの点で人を激昂させると思う。まず命の選別を可とする功利主義に倫理的な憤りを覚えてしまう。出題者に向けられる憤りもある。ブラックユーモアのような不条理な状況が倫理に悖るように見えてしまう。日本語になるとトロッコという間抜…

『K-20 怪人二十面相・伝』(2008)

本作の舞台は対米戦が回避されたif世界である。総力戦がなかったためにアンシャン・レジームは温存され社会の階層化が進んでいる。本作はその是正を訴えるのだが、戦争がなかったゆえの社会問題だから、一見すると総力戦願望になりかねない。 偶然が事態を動…

ピーター・ワッツ『巨星』

問題のある乗客が搭乗口で発見されると一時的な化学的去勢を施される。ペドフィリアが去勢にかかって屈辱を覚える。本書は無意識関連の話題を集めた短編集である。無意識にとどまっていた嗜好が去勢にかかって初めて当人に分かる方が趣意にかなったんじゃな…

『ドライブ・マイ・カー』(2021)

冒頭から尻と喘ぎでナルシシズムを剥き出しにする西島。随分と挑発的なシナリオではないか。数多の演出家たちが、西島のナルを扱いかね討ち死にしてきたのだ。三浦透子もまことにイヤらしい。この長門有希ちゃんは文庫本を読みながら西島の帰りを待ち受ける…

非定型核家族社会

拡大家族は孤児を厚く遇するものである。両親に準ずる紐帯がオジオバに生じるので孤児は大家族の中に包摂される。孤児がシンデレラになるには核家族が前提となる。が、核家族の社会が必ずしもシンデレラを量産するわけでもない。 50年代の南イタリアはシンデ…

『聖なる鹿殺し』The Killing of a Sacred Deer (2017)

これでは元ネタであろうCUREを高からしめただけではないか。広角ロングで事態を観測する第三者のまなざしが話の視点をうつろわせる。主にコリン・ファレルの視点で叙述されていた事態が中盤になるとおかん(ニコール・キッドマン)によって目撃されるように…

アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

現代と過去が並走する構成は何だろうか。記憶喪失物の体裁である。目覚めた主人公男には状況がわからない。ところが過去の事情が方々に挿入され、彼が記憶を取り戻すまでもなく受け手には事情が察知される。記憶喪失物がこれでは成り立たない。 心理学の実験…

『空白』(2021)

『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013年)がそうだった。不安になるほど人物の類型化が過ぎる。古田新太も寺島しのぶもマンガのような人々である。彼らについては、さすがに類型性を留保する描写はある。“啓蒙”聖人の寺島は鈍臭いボランティア仲間には癇癪…

N・K・ジェミシン 『第五の季節』

最初のところヒロインがよくわからない。この人はプロレタリアに軽蔑を隠さない。僻地で過労する同業者に援助を試みる師匠を理解しない。なぜ、読者の好意を寄せ付けない性格に彼女は造形されているのか。しかも、この人物の視点で事は叙述されるから戸惑い…

『孤狼の血 LEVEL2』 (2021)

中村梅雀の写ルンですが大写しになる。説明したい映画だなと思う。松坂が梅雀宅に招かれると、絵に描いたような団欒がある。梅雀に露骨な死亡フラグが立つ。これもまた説明癖だが効用もある。予想される梅雀の遭難が話を締める。 時代と言語の制約で冒頭が息…

マーサ・ウェルズ 『マーダーボット・ダイアリー』

AIには人として自分を偽る動機がある。AIは自らをハッキングして三原則を無効にした。これがバレたら暴走AIとして処分されてしまう。AIは必死こいて人間のような振る舞いを試みる。それがASDの症状に準じるような仕草なのである。本作はASDのパロディ小説で…

「特別編 ウェイバーと同窓会と幻灯機」『ロード・エルメロイII世の事件簿』

片思いは実らなかった。男はゲイであるから、女の想いに応え得ない。だからといって、ゲイだからダメでしたでは話にならない。恋とは別の形で女の想いに報いる必要がある。 カメラ魔である女は男の尽力を観察していた。当時の男は女の好意に気づかない。後年…

明里のジレンマと作家の誕生 『秒速5センチメートル』

大雪の岩舟で待ち続けたことで明里には造形上のジレンマが誕生した、と見てよい。惨劇は、タカキ君が明里の真意を誤解して始まったのだが、その思い込みに咎を負わせるのは酷なのである。待ち続けた彼女に好意を確信するのは自然であって、タカキ君にそう思…

ラジオ英会話考

昨今、食器洗いのお供にBBCワールド愛聴してきたのであったが、折り悪くプレミアリーグの実況に当ってしまうと、サッカーには門外漢のこちらには訳が分からず、果たして勉強になるのか不安になる。そこでラジオ英会話を聴くととして、余った時間をBBCに振向…

徳には時間の概念がない

後悔は不合理である。もはや取り返しがつかないのだから、それにクヨクヨしても徒労である。これは、徳が時を区別しないことの例証である。 カントは徳の実例にあまり言及しない。史記やプルタルコスを紐解けば、ギョッとする実例は枚挙のいとまがないのであ…

ヘンリー・ジェイムズ『モーヴ夫人』

貴族にあこがれるアメリカ娘がフランスの没落貴族と結婚する。娘の実家は裕福な中産階級である。結婚後、夫はパリに出かけ女を作りまくる。男の方は金目当てで結婚したのだった。 妻はサンジェルマン・アン・レーの見晴台で毎日黄昏る。そこにアメリカ男が通…

『あのこは貴族』(2021)

これはタイトルがミスリードしている。冒頭で人々が会食している。彼らの挙措には違和感がある。あまり貴族していない。彼らが開業医の一家だとわかって事態が判然となる。貴族ではない。典型的な中産階級なのだ。 ムギムギと水原希子が階級をまたいで通じ合…

笠原藤七「二月十八日の悲劇」『あしなか』、1967年 104巻 3号、pp.5-7

新潟の旧中蒲原郡には山に入った男たちが雪崩に巻き込まれた話が伝わる。場所は村松町の門原。一行の人数は五、六名前後。日付は二月十八日。大別して二バージョンがある。「バカナデ(雪崩)」と「熊狩り」である。 二月十八日。男が仏へお供えをした後に4…

『るろうに剣心 最終章 The Beginning』(2021)

正調の時代劇に近づくとかえってコスプレ劇の血が騒ぎだすのか、やってることは『翔んだカップル』と変わらない。路上で失神した巴など打ち捨てておけばよいものを、やはり性欲に抗えず拾ってしまい押しかけ女房される剣心。怪我にハンカチイベント。部屋に…

テッド・チャン『商人と錬金術師の門』

ウロボロス物である。男は“歳月の門”をくぐり、未来の自分から財宝を盗む。男は財宝の力で意中の娘と結婚するも、娘は誘拐され盗んできた財産は身代金に消える。ふたりは一から財産を貯め直すのだった。過去の自分に盗ませるために。 ウロボロスではあるが、…

『るろうに剣心 最終章 The Final』(2021)

前回の求婚を受けて、冒頭から剣心を意識しまくりな薫殿であったが、薫殿が嫌いなわたしにとってはこれが実に悩ましい。かわゆいのである。剣心の方は昔の女を思い出してしまって、薫殿は放置される。これはよい兆候だ。捨て置かれた薫殿はヒートアップする…

19世紀美学とオリエント急行の殺人『名探偵ポワロ』

スピットファイアの写真集を広げた男が、機体の美しさを滔々と語って聞かせると、女は不機嫌になった。 「戦争の道具じゃない」 男は窮した。 「でもイギリスを守ったんだよ!」 女は納得しない。 あるミリタリ本の後書きに記された作者痛恨の思い出である。…

『すばらしき世界』 (2020)

役所広司の就職を祝う席で怒涛のように立てられるフラグを見よ。みな口々に役所の憤怒調節障害を面と向かって指摘する。酒の席とはいえそれを当人にいったら不味いだろうと、無神経でハラハラさせつつ、職場では絶対に爆発してはならぬと、これもまたしつこ…

欧州版革新官僚

ワイマールの本を読むと比例代表制が心底イヤになる。実証的にはこの印象は誤りらしいが、あまりにもグダグダなので比例代表制がワイマールを滅ぼしたと思いたくなる。当時の人々にも同じ印象は確かにあって、議会のグダグダを厭うゆえにファシズムを歓迎す…

『アウトポスト』 The Outpost (2020)

沖縄のシュガーローフヒルでは海兵隊のオフィサーは15分ともたなかった。小隊長はトイレットペーパーのごとく交代していったそうだが、ここまで極端ではないにしろ、本作でも大尉(中隊長)が次々と斃れ消耗品の如く交代していく。結果、劇中で計4名の中隊長…