孤悲する倒叙 『言の葉の庭』

 男女の成熟差を課題にした点で、『言の葉』は『秒速』の「桜花抄」を継承している。「桜花抄」のタカキ君は明里を諦めようとしたができなかった。しかし明里は揺らがない。この恋は叶わないと認識している。
 ユキノも同様である。タカオとの関係をこれ以上進めても碌なことにならないと確信している。一方で、世事に疎いタカオ君は突撃してくる。
 ユキノが明里と異なる点もある。ユキノは明確に自己認識している。予想される不首尾の原因は自分にある。自分は地雷なのである。地雷原からタカオ君を隔離するべく、タカオ君の告白は拒絶されねばならぬ。
 タカオ君が去った後、ユキノを哀切が襲う。自分がタカオに値する女だったらどんなに素晴らしい事だろう。明里とはまた別のかたちで、先に行った女の孤独が叙述されたのである。
 恋の顛末に対するユキノの認識は正しい。語り手自身がそう考えるからだ。
 「絶対に上手くいかないから」
 内輪の席で、このふたりの行く末について、新海誠は辛辣な見方をしていたと聞いている。
 しかし、駄目だと分かっていてもユキノは走らずにはいられなくなる。彼女は自分を救うために走り出すのである。地雷だから恋は叶わない。この因果が捩じる。地雷であろうとなかろうと、恋を無理やり実効的にしてしまえば、もはや自分は地雷ではない。人間である。
 うまくはいかないだろう。きっと悲酸な結末に至るだろう。そんなことはどうでもいい。特権化されたのは人間でいたいと決意した瞬間だったのである。