ボーバクたる時を超えて 『秒速5センチメートル』

 明里にどうしたら追いつけるのか。秒速でタカキ君に与えられた課題である。つまり、明里の方が先に進んでいるのだが、如何なる意味において彼女はそうなのか。先回議論したように、明里はタカキ君と訣別することができた。この遠距離恋愛は不可能だと正しく察知した。タカキ少年は諦念を試みたが果たせなかった。タカキ君が明里に追いつくためには、どんなに思慕をしてもこの恋は不可能だったと彼も悟らねばならないのだ。
 彼らの恋を妨げるのは距離だけではないだろう。これはもっと一般的なものとしても想定されている。惚れた腫れたで飯は食えない。恋叶ったとしても、やがて所得だとか甲斐性だとか、そういった俗事が思慕の持続を脅かすだろう。
 タカキ少年は恋愛に困難をもたらす世事をボーバク(茫漠)とした時間と表現している。およそ中学生のものとは思えない大仰な物言いであるから失笑を誘うのだが、しかし、その違和感は或る意味で正しい。タカキ少年は未だ把握できないものを把握しようともがいたのである。