才能の調整弁 『おしん試練編』

 『おしん』試練編の前半はロバート・オウエンの自叙伝が下敷きになっているのではないか。10歳で生地商へ奉公に出たオウエンは17歳になると紡績工場を経営するようになり、そこで労働環境の様々な改善に取り組んだ。
 おしん試練編前半の舞台はWWI後から関東大震災までの東京で、田倉羅紗店に嫁いだおしんが経営手腕を揮う。倒産寸前の田倉商会は彼女の手により生地商から子ども服の縫製業へと転換する。商会は縫製所と化するのだが、おしんは縫い子の深夜労働を禁じ彼女らの労災にも補償をおこなう。やがて縫製工場の建設が始まり、まことに橋田壽賀子らしいことに、大震災当日に落成して崩落する。
 喜劇のようなこの件にわたしは斎藤由多加の『財閥銀行』を思い起こした。順序は逆になるのだが、このゲームでは震災以降、呉服商が立ち行かなくなり、おしんの影響を窺いたくなる。これなどは、いかに田倉商会の話が経営シム物としての成功しているか、その証左となるだろう。物語設計の成否は、逆説的ながら、おしんの手腕を容易に発揮させない点にある。超人おしんが手腕を揮えば話は直ぐに終わる。タメがなければ浄化が高まらない。では、いかにして手腕を抑えるか。その調整弁となるのが夫竜三なのであり、橋田はおしんの手腕と竜三の甲斐性の動態をリンクさせている。おしんが才覚を見せると、竜三が嫉妬してふて腐れる。竜三の不機嫌がおしんの活動を抑制するのだ。
 話を追って行こう。
 経営不振の田倉商会を援けるべくおしんは髪結い業に復帰して、たちまち成功する。おしんに養われる体となった竜三は、おのれの無能に耐え切れなくなり、カフェ遊びを再開する。
 おしんは竜三の奮起を促すべく妊娠を機に髪結いを廃業。田倉家の米櫃が空になったところで、竜三は人に仕える決心をする。
 ここで目出度しになるのだが、それでは話が続かない。竜三が男としての自信を取り戻し家庭が平穏になったら今度はおしんが我慢できなくなる。才覚が首をもたげてくる。
 おしんは田倉商会に眠る羅紗の在庫を浅草の露天で売りさばこうとする。才能があるのですぐに捌け、利益を元手に既成子ども服の縫製に着手。
 一方、竜三は勤めがうまくいかない。地主の三男坊で人に頭を下げたことがない彼に勤めができるはずがない。再び稼働し始めたおしんに自分の無能を思い知らされてまた不機嫌になる。うまくいかないとおしんの事業にケチをつける。浄化のタメである。
 やがて子ども服の試作品が出来上がってくる。子ども服の実物を目にした竜三が色めき立つ。その場で原価計算を始めこれはいけると確信した彼は縫い子やミシンの手配から営業へと奔走。田倉商会の経営シム劇がようやく高揚する。いかにして竜三の甲斐性の発揮する場を構成するか。それが問題だったのである。