仮文芸

現代邦画・SF・経済史

召命

数学的諸構造のほうが人間のうちで自分自身を思考するのである(ヘーゲル


存在の彼方ヘ (講談社学術文庫 1383)真理とはこれ以外の仕方ではありえないものである。
ほかにあり様がないために、あらゆる状況に妥当する。
あらゆる状況に対応する真理は、あらゆる事態を凝縮する。
多様な様態を有しているにもかかわらず、真理は一義的なものとみなされる。
それは多様なものの同時間性であり無限である。
無限であるから非場所であり空間概念がない。その現われには空間が必要である。


人間は真理の構想に組み込まれている。
真理はみずからを証しするために人間を構想した。
人間は真理を受肉して真理に空間を与え構造化する。
人間は自己を真理に供与する。


真理は状況に応じて無限の現れ方をする。
真理の無限と永遠は一時中断されなければならない。
無限を分割して状況に応じ作用を限定しなければならない。
人体とは真理の無限と永遠性が破断する場所である。
時間とは真理の自同性が分裂する驚くべき事態である。


分割されてもなお真理は全体を含意する。
分割された諸部分は全体と等価である。諸部分は全体を反映する。
さもなければ断片化した真理は真理から切り離され、状況に応じた正しいあり様を展開できない。


分割された真理は想起によって自分の全体を再発見する。
分裂した永遠は時間を介して同一たる自分を再び見いだす。それが意識の作用である。
人間は真理を聴取し時間の推移に断片化する。
この推移を回収するのは記憶であり意識である。
人間は四散した真理をひろい集める。
行為を通じて正義の生誕の地を設定する。
真理は自身の射映の散らばりをとおしてこの地上に現われている。
人間の意識は射映のかかる散らばりを貫いて、これらの真理を自同的なものたらしめる。


空間概念をもたない真理は、人間にとって常に異物であり他性である。
真理の受肉は真理の他性に自己を曝露する工程である。
真理は異物であるから、真理の他性と接触した人間は自己から引き剥がされる。
ほんらい異質であり宿ることができないゆえに真理との接触は強迫となる。
人間には真理は当為として触知される。
意識とは他性の強迫が変容した姿である。強迫にともなう選択のうちで意識の能作が始まる。
真理の召命で人は人たりうる。


人間は状況に身を置いて、状況に応ずる自己の反応を観測して、自分を知る。
真理を受肉した肉体の挙動を通じて、ほかにあり様がないほんらいの自分を知る。


人間は四散した真理を拾いながら、時間的諸位相の多様性を貫いて、状況に応じて断片化した自己を同一化し、ほんらいの自分と出会う。真理に自己を曝露することによって自己を汲み尽くし凝縮する。


ほんらいの私は自己を真理の他性に対して贈与することで表出する。


だからこそ人間は、血肉をそなえた主体として、飢えを覚える人間として、食べる人間として、皮膚のなかに内臓をもつ者として、空間を欠いた真理に自分の皮膚を贈与する。


真理とは凝縮である。ほんらいの私とは私の凝縮である。
私の凝縮は私の死をもって完成する。
したがってほんらいの私とは私にとって他性でありつづける。
人間は他性へ接近を試みる冒険者である。
人間の冒険を通じて真理は栄光を有する。