ゴシマ男爵の使いで鎌倉を訪れた仙太郎は、半僧坊にあるオガサワラ伯爵の邸宅を訪ねた。男爵と伯爵はアニメ仲間だったから、用件が済むと自然、マク〇スΔの事に話題は及んだ。
「ゴシマ男はどうかね。やはりあの瀬戸麻〇美の、ツンツンしたのがええんか」
伯爵は籐椅子から身を乗り出して訊いてきた。
「オペレーターの娘がいいらしいですよ。猫口の」
「君は瀬戸麻〇美だらう!」
「僕は幼少から早瀬少佐一択ですよ」
朗々とした笑いが屋敷に響き渡った。
この季節としては数年ぶりの寒波が訪れていた。屋敷の廊下には冬の香りが戻っていた。午後には東京に戻った仙太郎は、日本橋の二丁目を入ったところで鈴の鳴るような声に呼び止められた。見れば男爵令嬢のタタミが車から顔を出している。
「仙太郎、乗りなさい。命令よ」
有無を言わせないタタミの口振りには、自身の美貌についての確信のなさが窺われた。男なら美しい娘にホイホイとついて行くはずである。そうでなければ、美貌に疑いが生じてしまう。タタミはそれを恐れるがゆえに、拒否を容赦しない口振りになるのである。仙太郎にはそう思えた。
「あら、あなた今朝、オナニーしてきたわね」
乗り込んだ仙太郎に開口一番そう浴びせると、タタミはさも汚らわしそうに身を引いて見せた。
「わかるのか」
「女は匂いでわかるのよ。あらいやだ、本当にしたの? とんだケダモノだわ」
仙太郎にとっては単なる生理現象に過ぎなかったから、それを重篤なものとして扱うタタミが微笑ましく思われた。
「時に君はウンコするのか」
「ころすわよ」
「クロケット夫人に聞いた。美女はウンコしないんだと」
「知らなかったの! 当たり前じゃない。常識で考えればわかることよ」
「君もしないのか」
「当然よ。この美女がウンコするところ、あなたに想像できて?」
「......」
「今あなた想像したでしょう! ひどいわ。まさにケダモノだわ」
「君が想像しろと言ったからだ。それに何か昂奮してないか」
一騒動の末ようやく解放された仙太郎は高島屋へ赴きネクタイを求めた。帰りに日本橋の通りを歩いていると、応対に出た娘のことが思い出されてきて、柔和な美形だったものだから、受け取りを取り出して扱いの名前を見てみた。そこには昔懸想した女と同じ名があった。恋叶わなかったあの女の名前が。......