小説 仙太郎

日曜の午餐に招かれた仙太郎は方南町にあるゴシマ男爵の別邸を訪れた。先日落成した能楽師某の邸宅のことで話は盛り上がった。酔った男爵は羨望の声をあげるのだった。


「地下に能楽堂があるそうぢゃないか。まるで秘密基地だ。カッコいい」


「貴方も作ったらいいでしょう」


能楽師が作るからいいんぢゃないか。僕が作っても仕様がないよ」


夕刻となり、仙太郎はクロケット夫人に見送られ屋敷を辞した。夫人に懸想する仙太郎は幾たびか彼女を口説こうとしたのだったが、この謹直な家庭教師が男爵に飼われた三文文士に色よい返事を寄越すことはなかった。今では諦めがついた仙太郎は夫人と並んで屋敷の廊下を黙々と歩くしかない。しかしそれはそれで気まずくなってきて、仙太郎は世間話を始めた。


「最近どう、お通じの方は?」


夫人の声は恬淡だった。


「わたしのような美しい女にお通じなんてあるわけないでしょう。知らなくって?」


「それは便秘の婉曲表現なのかい?」


「いやだわ。あなたは美人がウンコするところ、想像できて?」


「できんな」


夫人からは蔑みらしき嘆息が聞こえた。



葉桜を見ながら夕暮れの石神井川を歩いた。路地に入り天元の前を通ると、カウンターで伏せ寝する笹野高史の禿げ上がった頭頂が目に入った。幾年の風雪に耐えてきたその表皮は青白い蛍光灯に照らされ鈍い輝きを湛えていた。...