小説 仙太郎 第三回

仙太郎が新橋の高架下を潜ろうとすると、その向こうに旧知の姿を認めた。詩人のナカムラ秀峰である。昨日の徹宵の飲で消耗著しかった仙太郎だったが、迎え酒のつもりで、半ば蛮勇を振るって、秀峰を風月に連れ込んだのだった。


「どうだ。もうそろそろ書けそうか」


秀峰が猪口を突き出す。


「駄目だな。まるでやる気が出ない。君の方はどうだ。ぼつぼつ捻れそうか」


仙太郎は銚子を差し出しながら訊いた。


「僕も全然だ。いつかまた何か浮かぶようになるのかな」


「この調子じゃ、もう一生、見込みなしだ」


話が暗くなってきたので、仙太郎は話題を変えた。


「時に、君はどう思う。美人というやつはウンコするのかね」


「いったい何を言い出すんだ。同居している姪は、あいつはなかなかの美形だけど、ウンコするぜ」


「美形のウンコをみたのか」


「まさか。見るまでもないさ」


秀峰は笑ったが、すぐに大真面目の顔になった。


「いや、まさか。そんな。あいつ、ウンコしてないのか」


そのあまりにも深刻な様子に戸惑いを覚えた仙太郎は、慰めのつもりで軽口を弄し始めた。


「君も美男子だからな。ひょっとしたらな」


「まて。今朝、ウンコ状のものがちゃんと便器におちたぞ」


「あくまでウンコ状のものであって、ウンコそのものとは限らんさ」


「では、何だ。あの検便の、棒の先の柔らかな感触も、すべて幻というのか」


「俺たち本当はあの丘で死んでるのかも知れんぜ。気づいてないだけでさ」


仙太郎は笑い声を上げたのだったが、詩人は浮かぬ顔のままだった。


秀峰が自裁したのは、それから三日後のことである。