仙太郎が新橋の高架下を潜ろうとすると、その向こうに旧知の姿を認めた。詩人のナカムラ秀峰である。昨日の徹宵の飲で消耗著しかった仙太郎だったが、迎え酒のつもりで、半ば蛮勇を振るって、秀峰を風月に連れ込んだのだった。
「どうだ。もうそろそろ書けそうか」
秀峰が猪口を突き出す。
「駄目だな。まるでやる気が出ない。君の方はどうだ。ぼつぼつ捻れそうか」
仙太郎は銚子を差し出しながら訊いた。
「僕も全然だ。いつかまた何か浮かぶようになるのかな」
「この調子じゃ、もう一生、見込みなしだ」
話が暗くなってきたので、仙太郎は話題を変えた。
「時に、君はどう思う。美人というやつはウンコするのかね」
「いったい何を言い出すんだ。同居している姪は、あいつはなかなかの美形だけど、ウンコするぜ」
「美形のウンコをみたのか」
「まさか。見るまでもないさ」
秀峰は笑ったが、すぐに大真面目の顔になった。
「いや、まさか。そんな。あいつ、ウンコしてないのか」
そのあまりにも深刻な様子に戸惑いを覚えた仙太郎は、慰めのつもりで軽口を弄し始めた。
「君も美男子だからな。ひょっとしたらな」
「まて。今朝、ウンコ状のものがちゃんと便器におちたぞ」
「あくまでウンコ状のものであって、ウンコそのものとは限らんさ」
「では、何だ。あの検便の、棒の先の柔らかな感触も、すべて幻というのか」
「俺たち本当はあの丘で死んでるのかも知れんぜ。気づいてないだけでさ」
仙太郎は笑い声を上げたのだったが、詩人は浮かぬ顔のままだった。
秀峰が自裁したのは、それから三日後のことである。