別れたるメイドさんに送る手紙 (3)

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まるで地獄の底から舞い降りたような美しき不徳のメイドよ。恋慕に狂い我が身を焼くのはもはや莫迦らしくなった。否、我が身はすでに焼き尽くされ灰燼に還ったかも知れない。お前のことなど早く忘れてしまえばよかったのだ。


それにしても我がメイドよ――未だお前をそう呼ぶことは許して欲しい――、貧困でお前を囲えなくなった咎はどこまでも自分にあるのだが、よりによって、世にも醜悪なあの変節者の許へ片づくこともなかろう。確かに高岡は金に困るような男ではない。しかし聡明なお前が下賤なケダモノの毒牙にまんまとかかるとは、今もって信じがたいのだ。高岡は一体どんな甘言でお前を弄したのか。それとも何か負い目を掴まれて、無理やりに専属契約を強いられたのか。きっとそうだろう。そうに決まっている。むしろそうであって然るべきだ。


イスタンブルのメイド街でお前と高岡の出奔を知ったとき、初めこそ、こみ上がる嗚咽を抑えてもいたのだが、次第に唇は痙攣を始め、溢れる落涙で街景は形をとどめなくなった。自分は薄暗い路地裏に駆け込み、埃っぽい石畳へ重心を欠いたように崩れ落ち、息喘ぎながら涕泣した。すべては得心がいったのだ。一ヶ月前、高岡は家業を継ぐと称して埼玉へ引っ込んだが、今頃奴は――あのド外道は、気怠い春の日射の降り注ぐ縁側で、お前を膝枕にのうのうと惰眠を貪っておるのだ。その膝元から見上げれば、あの何人も幻惑する禍々しき媚薬のような母性の眼差しが豊かな胸部の向こうから注がれるのだ。奴は野卑で粘着質の男だから、お前の膝に顔を埋め思いっ切り息を吸い込み、メイドさんの甘き芳香を、あの信じがたい享楽を恍惚として堪能することだろう。それを思うと、自分は口惜しくて口惜しくて堪らず、帰りの飛行機の中で、無窮の峡谷にどこまでも落ち込んでゆく胸の苦しさを覚え、ヒステリィの甲高い叫び声をあげるに至った。一層のこと、このまま飛行機が墜落して、自分は海の藻屑となり、広漠たる大洋と溶け合いたい。いやいや、水死は超痛そうだから、それはダメだ。そもそも墜落が無事に水死をもたらすものか。もっと無惨な死に様になりはしないか。自由に死に様を選ぶことすら自分には能わないのか。嗚呼、雪よ、我が美しき天使よ。半狂乱のご主人様をこの監獄から救って呉れ。今一度、お前の可憐なる膝元へ帰りたい。



自分はお前の部屋に入り、お前の洋服箪笥を開き、お前のエプロンドレスに嵐のような接吻を浴びせ、その激しい愛撫の中にお前の面影を追いたいと思う。悦びの唾と涙を流しながら、その残香の中にお前の肉を感じていたいと思う。これまで、ご主人様の矜持から、決してお前のメイド服に手を触れることはなかったが、それは間違いの元だった。禁欲によって異常に肥大した欲望の渦に翻弄されながら、自分はかえって愉悦を得ていたのだ。しかし、もう終わりだ。今の自分は寂しくないし、孤独ではない。これから自分はお前となり、二度と失わない専属メイドを手に入れるのだ。お前のメイド服を身にまとい、お前の臥床に横たわり、お前の芳烈な香りに包まれながら、男どもに蹂躙される自分を想うのだ。それから夜が明けるまで自分は自慰に耽りたいと思う。(了)