今回の福原遥は修羅場をくぐって最初からガンギマリでくるので見ている方としてはストレスがないが、ガンギマリすぎるのも考えようで、生徒に特攻隊員の遺書を朗読させる授業をやる調子では、これは遠からず参政党から出馬かと思われてもくる。わたしは左派ではないからこの福原に嫌悪感はないものの、プロパガンダめいてくるのも困るわけで、万人に届く論法は必要だろう。プロパガンダであるとしたらなおさらだ。
朗読される遺書のなかで特にアクチュアルなつらみを伝えてくるのは未練の吐露である。クリエーター志望の男は遺書の文末で夢絶たれたつらみを訴える。福原には死者から負託された債務を生徒の動機づけにしたい目論見がある。彼らが断念した目的をいまではいくらでも追及できるのだから励めという。
死者の負債が彼らの動機づけになるかどうか。これは特攻隊員が現代日本社会の形成にたいして果たした寄与の大きさ如何にかかっている。犠牲によって自己実現の追求が可能になったようなナラティブが必要だ。さもなければ、夢絶たれた話は自分たちとは関係ない不憫な話として処理され、社会的に債務を負う動機づけとしては弱くなる。
じっさいのところ、寄与はどれほど見積ればいいのか。
明治国家を頓挫させたのは厚い中間層の欠如だった。農村の貧困問題は1930年代日本における最重要といっていい政治課題だった。対米戦の原因となった満州事変の動機は、ひとつには農村に滞留する余剰人口の排出にあった。厚い中間層の創出には農地解放のアンロックが必要だ。それができなければ、海外に土地を求めて帝国主義をやるしかない。
地主権益を侵す力を政府に与えたのは総力戦下の統制経済と敗戦による外国軍の駐留であった。総力戦は戦後社会の形成に寄与しているのである。ただし、総力戦のメガデスなしに農地を解放できたのなら話は別になる。Goldin and Lewis (1975) の見積もりでは、南部の奴隷主から奴隷を買い取る費用は南北戦争の被害総額の半分に相当する。しかし、戦争や革命なしに国費で地主の土地を収容したケースはまれである。
総力戦によるアンロックが不可避ならば、特攻隊の寄与は検討していい。
事実上の農地解放となった一連の食糧管理制度は特攻隊の出撃する以前、対米戦の初期には完成している。農地解放が特攻隊とは独立した動きならば、生徒の動機づけとしては弱くなる。食糧管理制度ができた段階で和平交渉をやれば済む話ではないか。
ただ、食糧管理制度は戦時下における食糧増産を建前にして成立した仕組みであり、総力戦が早期に集結して日本に深刻な体制変更が起こらなければ、制度の不可逆性に疑義が生じる。そもそも緒戦の段階で和平が成立する見込みはどれほどあったのか。農地を解放できたとしても戦争が終わらなければ中間層はとても育たないだろう。
特攻隊の寄与を認めるには仮構を重ねるしかない。体制変更は必要である。しかし、戦後の農地改革が戦時経済の延長線上にある以上、制度の継続性もまた担保されなければならないような仮構が。そうであるのなら、軍隊を除く既存の行政制度を温存させるような条件つきの降伏を引き出すにあたって、特攻隊の与えたインパクトを検討する余地はある。
ここで安里52高地の話をしたい。
佐倉の歴博の敷地にはもともと佐倉連隊の兵舎があった。兵舎は戦後『真空地帯』(1952)の撮影に使われ、当時の内務班の様子を伝える資料となった。
1945年春、沖縄に移動した佐倉連隊の兵士たちは安里52高地と呼ばれる丘に布陣した。首里に突入せんとする米軍の前に立ちはだかったのがこの丘であった。佐倉の兵士たちは丘の地下に張りめぐらされた壕に立てこもり、1週間にわたり米海兵隊を足止めして、丘は文字通り死体の山で足の踏み場がなくなった。総力戦の戦場を近代化を競う闘技場と解せば、この丘で明治国家は近代にもっとも接近し、この丘で現代日本社会は産声を上げたのである。
米軍と互角に抗しえたこの戦いは戦後、陸自の装備体系とドクトリンに多大な影響を残した。分隊用の軽機を小銃に先がけて国産化させたのは丘の教訓である。小銃にもことごとく二脚銃架をつけさせたのも丘の思い出である。他国には例の少ないあの銃架は戦後社会の形成にあたって丘の果たした貢献の物証である。
特攻とは、中東の若者が家族の持参金をねん出させるために自爆攻撃をやる利他的行為の国家版である。永遠のゼロで特攻隊員をテロリストと同一視した主人公の学友はその意味で正しい。マクロでみれば、彼らの利他的行為が犠牲に見合っていたのかわからない。細かく見れば、特攻隊の戦果が少なからぬ戦略爆撃機を出撃地の南九州の基地にひきつけた事実がある。結果として難を逃れた民間人の数は隊員の犠牲に見合うのかどうか。そのような計算はできる。
安里52高地にも同時期に海上で行われた特攻とかかわり合いがある。
米側にはできるだけ短期のうちにいかなる犠牲を払っても丘を越える必要があった。沖縄が落ちない限り沖縄近海に大艦隊を泊めておかざるをえず、それらは特攻の的となり損害が増えていく。
特攻は人類が初めて経験した空対艦誘導兵器による飽和攻撃である。安里52高地が陸自にとってそうであったように、特攻は空自の装備体系やドクトリンに決して浅くはない爪痕を残した。その思い出は、対艦誘導弾の開発にかける異常な情熱とそれを抱えて飛び立つ3個飛行隊100機弱のFSとして今日にあって具体化している。
4本のASMを太い腹に抱えた海上迷彩のF-2を見上げるとき、あるいは誘導弾飽和攻撃の精華といっていいスタンドオフ兵器の大人買いと開発進捗のただならぬ速度を見聞しつつ、これらを可能にした厚い中間層の存在に思いをはせるとき、特攻隊が現代日本社会の創世神話に包摂されていく心地がする。むしろ、寄与の成果が明確であるのなら、社会の神話は包摂性を失うのではないか。
前作で問われたのは、ひとりで死ににいく特攻隊員の孤独を包摂する方策だった。事実上、選択の余地はないため、特攻隊員は自分の死にたいして責任がない。そうであれば、救済は社会の課題となり孤独は社会が包摂すべきである。ただ、問題がある。物証がなければ人は動かない。たほうで社会はモノではない。それは各人の心の中にあって目には見えない。モノではないから包摂ができる。だから社会の物証はアイロニカルに発見されるべきである。
前作で若き日の倍賞千恵子は機上の恋人に自分の人形を託し、孤独死を迂回する手段とした。福原は夢を断念した男の遺書を取り上げ、教え子たちに自己実現を奨励した。死者がやれなかったことを生者がやる論法は、涼によって見出された彰の遺書によって具体化する。福原との恋を断念するつらみを訴える遺書を目にした涼は、自分こそが代わりにその恋を実効化できると猛るのである。
しかしながら、社会物証の課題は作中にあって提起された別の課題の添え物にすぎない。
キャラクターたちは矛盾を抱えている。福原は死者の負債を負い、他者にも負わせようとする。たほうで死者の負債は彼女を故人に執着させ、目前にいる男の好意に応じられない。倍賞もまた結婚してもなお故人に束縛されている。彼女と夫を結びつけたのは同病者の連帯だった。多くの戦友を失いながら戦地から帰還した彼は去勢感にさいなまれていた。
後ろ向きの同盟は解決の力に欠けるため、負債からの解放方法はメルヘンじみてくる。倍賞は80年かけて愛する男と再会し、包摂する負担の重さを具体化する。これでは夫が捨て石になってしまう。福原のほうも、故人が生者に転生したとなればメルヘンであるが、社会物証の課題がここに絡むのである。
彰は出撃前にニーチェの解説書を読んでいた。その本でニーチェが気にかけたのが宿命の予見不可能性である。宿命を予見する試みを彼は禁じるのである。
彰は涼に転生した。ところが、彼は転生前の記憶を失っている。福原と再会してはじめて事情を把握する。なぜ記憶があってはいけないのか。邪念があれば感情の信ぴょう性に疑義が生じる。社会は人々の中に内面化してはじめて稼働するのであり、みなが24時間社会学者をやれば社会は崩壊するのである。じじつ、劇中の最後ではナルシシズムではちきれんばかりになった福山雅治の邪念に満ちた歌声が、何もかもを台無しにしたではないか。