小島信夫 『殉教』 [1954]

殉教・微笑 (講談社文芸文庫)
一人称の叙述でお話を運用するとしても、小説の記述を担えるような分節化の水準を語り手に求めないとしたら、狂人小説と似たような、人格と文体の違和感に至りかねないし、また、動機を定義する知性に欠けるため、希薄になりがちな行動の軌道の方向性は、これもまた狂人小説のように、他覚的に矯正する必要がある。



しかしながら、被虐趣味者の利害に関与するとなると、虐待する側に自意識があるだけで心理戦の趨勢は決まってしまうので、積極的な動機に欠けるものぐさな浮遊感には、一面において、合理性と正統性がある。いや、加虐する方に動機がないからこそ萌えるのだ、という心理もあろうが、この物語は、たとえば交通事故にあって享楽を得るような、そこまでのヘンタイの深度を想定していない。むしろ、偶発の共鳴で輪郭づけられる行動のありさまが、中間管理職の機能性らしきものへ向かう気配もある。