イベント再現 + 忘れ形見メソッド

アヴィーロワの回想記に晩年のチェーホフとモスクワ駅で邂逅する件があって、発車間際の列車の中で、チェーホフは彼女の娘を膝に抱き上げ、親しげにその顔をのぞき込んだりする。


そこから遡ること十年ほど前、二人が初めて対面したとき、彼女を人妻だと知らないチェーホフは、そのお下げを手に取ると「こんな見事なお下げを、初めて見ましたよ」といって口説き始める。そして、子のあることを知ると、かがみこんで彼女の目をのぞき込む。


イベント再現のメソッドとは、同じ人物の間で同じ事件を繰り返すことではないだろう。異なる人物の間で起こりながら、同じ事件の再現になるようなイベントでないと効果が期待できない。ここでは、アヴィーロワをその娘と読み替えることでイベントが再現されていて、しかも娘であるから、忘れ形見メソッドとの重複的な効果もある。


もちろん、アヴィーロワは故人ではないから、娘は忘れ形見ではない。しかしそれでもなお、彼女が忘れ形見メソッドの効果を発揮してしまうのは、母親が人妻ゆえにもはや手を出せず、つまりチェーホフにあっては故人扱いされるからだ。また、余命幾ばくもない当人自身の事情も、このメソッドを増幅させる効果があると思う。