ピーター・ワッツ『巨星』

巨星 ピーター・ワッツ傑作選 (創元SF文庫)問題のある乗客が搭乗口で発見されると一時的な化学的去勢を施される。ペドフィリアが去勢にかかって屈辱を覚える。本書は無意識関連の話題を集めた短編集である。無意識にとどまっていた嗜好が去勢にかかって初めて当人に分かる方が趣意にかなったんじゃないか。それは嗜好なのかという問題もあるが。


ロッコ問題に直面する兵士の話がある。老人と赤子がいる。どちらの殺害がより倫理を損なう選択となるか。兵士は老人を殺害する。援用されているのは自意識を人権の根拠とする世界観だ。老人には自意識がある。赤子の自意識は未発達である。老人を殺害した方が人権は損なわれるはずだ。


無意識の問題は功利主義の課題とも結びつく。兵士に課せられるのは功利主義の全うである。功利主義に立てばトロッコ問題に迷うことがなくなる。功利主義を損なうのは情であり、情は意識から生じる。無意識の活用が話題となってくる。


功利主義が貫徹した宇宙。それは自由意志の欠如に悩む人々が出てくる決定論の宇宙である。運命を知ることが自由である、と本作は応える。かかる標準的な解を下すにあたり、本作は運命を必要とされる感覚に翻案している。



スコラ学やドイツ観念論はこう励ます。未来は既に決定された。だから安心して大いにやれ。どういうことだろうか?


好きな映画を再見する。わたしは先日『ボーダーライン』(2015)を見ながら餃子の餡を巻いた。この映画にはストレスを強いられる場面が多々ある。殊にエミリー・ブラントが煩わしい。デル・トロのファンとしてはエミリーがトロを毀損せぬか、ハラハラを強いられる。


しかしわたしは既に結末を知っているのである。しびれるほどカッコいい結末になると知っている。が、そこに至る過程の仔細は忘れている。わたしは安心して作中のストレスを享しむのである。