仮文芸

現代邦画とSFの感想

文明架空戦記 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

 必要なのは悩みと事件である。登場人物には彼固有の性質に由来する悩みがある。他方で、その悩みを顕在化すべく事件が彼を襲う。キャラクターは災難に対応する過程で人生の課題と向き合う。その際、キャラの課題はどう解決されるのか、物語の職人の技量が試される。
 物語の通俗の作劇法からすれば、ワンハリの構成は奇妙なのだ。課題と事件が別個のキャラに担われることで分離している。人生の課題を抱えているのはレオとブラピである。他方でそれと知らずして事件に直面しているのはマーゴット・ロビーである。シャロン・テート最期の日々をのほほんと過ごすマーゴットと負け犬のオッサン二人組の話が決定的な接点を持つことなく並走する。この不可思議には愛嬌すら感ぜられる。
 落ち目俳優のレオ&ブラピが直面するのは人類普遍の課題である。下り坂の人生をどう受容すればよいのか。このコンビは万人に響く悩みで受け手を惹きつける。
 他方で楽天的なマーゴットに受け手が仮託できる余地はより少なく見えるが、このあと惨劇が彼女を襲うわけだから、彼女が日常を送るだけで、あるいはその日常が何気ないほど、やはり受け手を惹きつけてしまうのである。
 個別のキャラに担われた課題とスリラーは懐メロ爆発の60年代文明に包摂されている。本当の主役は60年代という文明である。個人の救済というより滅びようとする文明を如何に救済するか。これが本当の課題であって、レオ&ブラピの課題もこの文明に絡むことで解消される趣向になっている。ワンハリの世界観では、シャロン・テートの遭難事件が60年代文明の終焉として補足されているのだ。したがって、この文明を救うべく、現実では惨死することになるマーゴットをレオ&ブラピが救済して歴史が改変される。ポランスキー一派の知遇を得ることで、レオの人生も分岐する。60年代を存続しうるパッケージと補足した世界観は架空戦記のようなおとぎ話に到達したのである。


 バブルへGO!!』を思い出した。こちらはバブルという文明が存続するおとぎ話である。1990年に送り込まれ歴史を改変し2007年に帰還した広末は、バブルという文明が滅びなかった日本を目の当たりにして驚愕する。
 日本語話者にとっては実人生に直結する主題だから、広末が目撃する、もしかしたらあり得た日本に喚起される感傷はワンハリの比ではなかったのである。